天泣落ちて、桜散る

 ポタリ、と天が最初の一滴を零したのは数時間前の事だった。
 暖かくなった気候に固かった蕾を綻ばせ、見事な花を咲かせて見せた桜の木々は今が満開で。
 あちらこちらで花見をする死神達が居ただろうに、邪魔するかのように降り出した雨の所為で、花見も桜も台無しである。
「降ってきたね〜」
「だな。折角の桜も台無しだな」
 空から絶えず落ち続ける天の涙を見上げながら、縁側に腰を下ろした状態で短く語り合う。
 横には急須と湯のみ、少々のお茶請け菓子がある。外に出ずに、ここで花見と洒落こんでいた訳だ。
「空に雲ないのに、雨降るんだね」
「天泣だろ」
「天泣?」
 聞きなれない言葉に、桃が首を傾げる。チラリ、と横目に桃を見て、日番谷が口を開いた。
「空に雲がないのに、雨が降ってくる事を“天泣”って言うんだよ。別名で狐の嫁入りだな」
「へ−…初めて聞いた。日番谷君って物知りだね」
「そうか?」
「うん」
 ニッコリ、と。
 感心したように桃が微笑むから、何やら気恥ずかしい物を感じて、日番谷が目を逸らす。
 さして気にした様子もなく、桃は再び空を見上げる。
 雲がない空からは未だ雨が降り続けている。勢いがある訳ではないが、しばらくは止みそうもない。
 水気を含んで重くなった花弁が、地面へと落ちた。
「折角満開だったのにね」
 ポツリと残念そうに桃が呟く。
 青い空に映えるように淡い色合いの花を咲き誇っていた桜はそれは見事で見物で。そして、気持ちを晴れやかにするくらい華やかで。
 楽しみにしていた分、寂しいものがある。
「天気ばっかりは仕方ねぇな」
「そうだね…」
「それに雨の中に佇む桜も悪くはねぇだろ」
「うん。何か凄く綺麗だよね」
 雨に降られてしっとりとした桜も、情緒を誘う。
「ま、まだ満開までいってない花が咲くだろうから、満開はまた次の機会だな」
「また一緒にお花見してくれる?」
「あぁ」
「じゃあ今度は桜餅にしようか」
「………」
「煉切とかも良いよね」
 楽しそうに和菓子の名前を桃が挙げていく。
「……雛森。お前、桜より団子とか食いたいだけじゃないのか?」
「そんな事ないよ」
「本当かぁ?」
「本当! でも、ただボケ−ッと眺めてるより、お団子とかあった方が良いでしょ?」
「……雛森。花より団子って諺知ってるか?」
「………知ってるけど。そんな事ないもん!」
「本当かぁ〜?」
「日番谷君、ひど−いっ!!!」
 ムウッと膨れる桃を見て、日番谷が笑った。
 その行動が桃の機嫌を更に損ねてしまい、機嫌を直してもらうのにかなりの労力を要する羽目になるのだが。

日雛。
満開の桜も、雨に降られる桜もどちらも好きです。