この胸の奥に色付く感情は

 麗らかに穏やかに、健やかに。
 木々や花々は光と水と風に育てられ、惜しみなく蕾を綻ばせていく中。
 瀞霊廷に限りなく真実味の高い噂が流れていた。

 曰く、死神席官・日番谷 冬獅郎の隊長就任。

 兼ねてより天才児と名高く、人よりも強い霊圧を有していた日番谷の事。噂でも何でもなく真実だろう、と皆、思っていた。
 そして、それは間違う事なく事実。隊長昇格に必要条件を全て満たし、日番谷は最年少で護廷十三隊を担う隊長の一角となったのである。
「すげ−なぁ、アイツ」
「あぁ。斬魄刀の名前を聞き出すのも結構大変なのになぁ」
「すでに卍解も習得済みだろ? 天才ってのは…」
「何でも、大切な人を守りたい一心だとか」
「あ−、それ聞いた」
 羨みと尊敬と悔しさと。
 色々な感情を織り交ぜた噂は瀞霊廷のアチラコチラ、何処でもされていて。
 わざわざ聞こうと思わなくても、噂は自然と耳に入ってくる。
「お−、お−、すっげぇ噂されてんな。雛森の幼馴染」
「そうだね。凄いなぁ、日番谷君は」
 声をかけて来た赤髪の同期に笑って、言葉を返せば、思いっきり眉間にシワを寄せた表情を見せられる。
 先ほどの表情との違いを疑問に、桃が首を傾げる。
「雛森?」
「何?」
「嬉しくないのか?」
「………え?」
 恋次に告げられた言葉を理解するのに、数秒を要した。
 嬉しくないのか?
 そんな物、嬉しいに決まっている。
 大切で大好きな幼馴染。誰よりも努力家である事を知っている。それが報われて良かったと、自分の事のように喜ばしい。
 一体、何を聞くのか。
「気付いてないのか? 眉間にシワ寄ってるぜ?」
「え……」
 本日、二度目の呟き。
 額に手をやれば、確かにシワが寄っていて。
「本当だ……」
「気付いてなかったのかよ……って、あ」
 恋次の声に視線を向ければ、噂の渦中の人物が立っていて。
「よぉ、雛森……と」
「雛森の同期で阿散井 恋次」
「阿散井。何してんだ?」
 隊長の証でもある白い羽織を羽織っていて。
 隊長としての威厳を纏っていて。
「隊長昇進、おめでとう御座います」
「おめでとう」
「……雛森」
「何?」
「お前、俺が先に隊長になったのが不服か?」
「…何で?」
「眉間にシワ」
 本日二度目のセリフに、桃の眉間のシワが更に増えた。
「日番谷君が隊長になったのは努力の結果で、不服じゃないけど」
「じゃ何で眉間にシワ寄せてんだ?」
「さぁ……」
「もしかして……悔しいのか? 先越されて」
 桃よりも後に霊術院に入学してきたのに。
 桃よりも早く隊長になっていく事が。
「…う……ううん?」
 悔しい?
 尋ねられれば、悔しくない、と答えられる。
 今の結果は日番谷の努力の結果。それは知っているし、分かっている。
 悔しい訳じゃ、ない。
 じゃあ、眉間にシワを寄せる理由は?
 妬み?
 嫉み?
 それとも。

 ―――寂しい?

 見知っていた幼馴染に強くなる決意と覚悟をさせた相手がいる事が。
 それを自分が知らない事が。
「………淋しい?」
 ポツリと桃が漏らした言葉は、日番谷と恋次にもしっかりと聞こえていて。
 二人は揃って首を傾げる。
「あぁ、そっか。そう言う事か」
 一度声に出せば、それはすんなりと心に入ってきて。
 要は、幼馴染が知らない間に変わっていく事が、寂しかったのだ。
「おい、雛森?」
「あのね、何かね。寂しかったみたい。日番谷君が知らない人になっていくみたいで」
「はぁ?」
 口早に告げた言葉に満足したのか、桃が小さく頷いている。
 訳が分からないのは告げられた日番谷の方で。
「うん、何だかスッキリした」
「おい、分かるように言え」
「うん? 大切な人の為に頑張って強くなったんでしょ? 日番谷君は」
「………」
「知らない間に日番谷君にそんな人がいて、知らなくて淋しかったって言うか、悔しかったって言うか…だから素直に喜べなかったんだと思うの」
 それは一般世間で言う所の「嫉妬」ではないのか、と一瞬頭を過ぎった恋次だが、相手は桃。
 気付く訳もない。
 不鮮明で名前も知らぬ想いは桃の胸の奥深くで。静かにゆっくりと色付いていく。
 それが完全に色付くまではまだ長いけれども。
 それでも、色付けばきっと。
 綺麗で鮮やかな、大輪の花となる。
「あ、あたし仕事が残ってるから行くね。日番谷君、隊長就任、おめでとう!」
 告げられた言葉は心からの笑みに彩られていて。
 ニッコリと笑って告げて、桃は踵を返して立ち去っていく。



「―――誰の為に、強くなったと思ってんだ」



 溜め息と共にポツリと紡がれた言葉は、誰にも聞こえる事はなく。
 ただその場に落ちて、消えた。

50000HIT記念御礼配付品だったもの。
雛森自覚前の無意識嫉妬編。気分的には日番谷→←雛森な感じです。