あの日を後悔しない日はなかった。
「緋真? 何を考えている? ボ−ッとして」
「……妹の、事を」
無表情のように見えて、何処か心配そうな雰囲気を漂わせて尋ねてきた白哉に、緋真が小さく微笑んで答えた。
自分一人の力では生きられない程幼い緋真の妹。
緋真一人の力では、自分と妹。二人分の面倒を見る事は出来なくて、それで。
――――妹を捨てて、逃げた。
でも、その後、悔いた。
辛くても苦しくても、それでも。
緋真は決して、妹を見捨ててはいけなかったのだ。他の誰でもない。緋真にとっての唯一の身内を。
「…私も手伝う」
白哉の申し出に、ゆるりと頭を横に振る。
「お言葉は嬉しいですが、白哉様は朽木家の当主で、護廷十三隊の一隊を預かる身。御自分の事だけ、考えて下さい。私の妹は、私が見つけます」
笑んだままで口から紡がれたのは、白哉の事を思っての言葉―――だけどそれは、遠回しな拒絶にも似ている。
白哉の立場を思ってか。緋真は中々、白哉の申し出を受けたりはしない。
「私では、力にならないか…?」
「そんな事は」
「では、何故」
淡々とした言葉に秘められたのは、何処までも真摯な愛情。
身分とか、立場とかは関係なくて、ただ、相手の為に何かしたいと願う強い強い想い。
「何故って……それは……」
白哉の問いかけに、緋真が言い淀んだ。
尸魂界にも名高い四大貴族の一つ、朽木家。
前に立つ誰よりも愛しい相手の家が、結婚に反対している事を、緋真は知っている。
貴族の家に、流魂街の者を迎え入れる事を良しとしておらず、白哉を誑かしたと、緋真に負の感情を抱いている者がいる事を知っている。
別にそれらがどうした、と言う訳ではない。だけれども、自分の所為で白哉に不利益を働く事だけは、避けたい。
だからこそ、躊躇う。
自分が朽木家に入る事は朽木家の名を落とし、白哉の不利益になるのではないか、と。
「緋真」
緋真の名を呼ぶ優しい、声。
緋真に差し伸べられる優しい、手。
幼い妹を捨てた自分は優しくされる資格はない、と思う。
自分がこうして、幸せを感じている間、妹は危険な目にあっているかも知れない。送ら> れたのは戌吊。治安の悪い場所だ。幼子が一人で生きるには、難しい場所。
どうして捨てたのか。後から後から、ただ、後悔だけが胸に湧き上がる。
捨ててしまった妹の為にも、自分は幸せになるべきではないのかも知れない。
でも、それでも―――。
「緋真、私と生涯を共にして欲しい」
多くを語らない白哉が、それでもハッキリと口にした緋真への想い。
告げられた言葉に、頷いても良いのだろうか。
生涯を共にしたいと願う事は、身に過ぎた幸福なのだろうか。
妹の事を思うと、胸の奥に罪悪感に似た感情が浮かぶけれど、それでも。
こんな自分に想いを寄せてくれる白哉の気持ちを、無碍にもしたくなくて。
((ごめんね))
この場にいない妹に、心内でソッと、謝罪の言葉を呟いた。