傘と雨と

「降ってきたな」
「そうだねぇ…」
 灰色のどんよりとした雲に覆われた空からは雨の雫が落ちてき始めていた。それは止む気配を見せず、どんどんと酷くなっていく。
 空を見上げてポツリと日番谷が呟けば、ポツリと返事が帰ってきた。
 尸魂界西流魂街1地区“潤林安”に顔を出したの何年ぶりになる事だっただろう。桃が死神になる為に出て、次に日番谷が出て、それ以来だ。
 たまたま休みが取れた事で久々に行ってみよう、と言う話になり今、ここにいるのだが。
 生憎な事に、雨に降られたのだ。
「傘、持ってくれば良かったね」
「だな。迂闊だった」
 気にせず帰ろうとしたのだが、あまりにも勢いが良くなりすぎて、帰る事を諦めた。取り敢えず、少しでも雨脚が落ち着くまで雨宿り状態である。
「でも、おばあちゃん元気そうで良かったね」
「あぁ」
 小さな頃、面倒を良く見てくれた人だ。元気そうに生活していて何よりだ。潤林安を訪れた甲斐があったと言うものだ。
 会話が途切れて、沈黙が下りた。でも決して嫌な雰囲気の沈黙ではない。むしろ、心地の良い静かな沈黙。
 聞こえるのは雨の音とそれに揺らされる葉っぱの音。
「二人とも……」
 声が静寂を遮った。
 さして驚く事も、静寂を破られた事に怒りも見せずに振り返る。そこに立っていたのは、見慣れた老婆。
「おばあちゃん」
「雨が降って変えれないんじゃないかと思って……一本しかないけど使って頂戴」
「え………」
「濡れたら大変でしょう?」
 小さく小首を傾げて、おっとりと老婆は笑う。
「でも…おばあちゃんも濡れたら大変だし……」
「気にしないで下さいな」
「わりぃな、ばあちゃん。今度返しに来る」
「えぇ。いつでも構いませんよ」
 傘を受け取った日番谷に笑って頷いた。
「昔は一緒の傘でしたから、平気ですよね?」
「……あぁ」
「では、私はこれで。二人とも頑張って下さいね」
 それだけ言うと、老婆は来た道を戻っていく。
 残された二人が顔を見合わせた。老婆の手前、あぁ言ったものの、昔と今では立場も感情も何もかもが違う。
 一本の傘に二人で入るのは、少々気兼ねすると言うものだ。
「どうしよっか…」
「どうしようも何も。濡れて変えるよりマシだろ。あの頃に戻ったと思えば良いだろ」
「そっか………じゃあ、帰ろうか――シロちゃん」
 開いた傘を手に、桃が微笑んだ。
 日番谷にとっては嬉しくも何ともない事実だが、日番谷より雛森の方が10cmほど身長が低い。従って、傘は日番谷が持つよりも桃が持った方が良いのだ。
「……ちょっと待て。雛森、今…お前、何つった?」
「シロちゃんって…だって、あの頃に戻ったと思うんでしょ?」
「だれも呼び方まで戻せとは言ってねぇ!」
「気にしない、気にしない。さ、帰ろう」
 日番谷の手を取って、雨の中に足を踏み出す。
「い−や、気にする」
「シロちゃん、しつこいよ−?」
 雨が降りしきる中、一つの傘の下に二つの影。
 喧嘩と言うよりじゃれ合いのような言い争いは護廷十三隊の隊舎まで続いた。

日雛。
ほのぼの。