部屋にはむせ返るような酒の匂いが充満している。
部屋に置いてある渋い色合いのちゃぶ台の上には少なくない量の酒瓶が転がっている。勿論、それらは全て空である。
そして部屋には日番谷と桃の姿があった。
日番谷は何だか頭痛を感じた。
桃は完全に酔っ払っている。それもその筈。酔わせるつもりで日番谷が酒を飲ませたのだから。
酔っている事については構いはしない。問題は桃の酒癖の悪さにあった。どうやら泥酔した桃は人に絡むと言う事実が発覚したのである。
「日番谷く〜ん♪」
頬を真っ赤に染めて、桃は日番谷に抱きついて――と言うより、しがみ付いている。
「……雛森。苦しい」
「え−…日番谷君は抱きつかれるの嫌い?」
「……別に」
「嫌いなんだ」
何時も通りの淡々とした日番谷の返答を聴いて、桃の目が見る見る内に潤んでいく。人に絡む上に涙もろいらしい。
「誰もんな事言ってねぇだろ!?」
「だって〜〜〜」
「あ−、分かった分かった。俺が悪かった」
ガックリと項垂れて、日番谷が答える。半ば、投げやり状態である。
元を正せば、ちょっと落ち込み気味な桃から落ち込みの原因を聞いて、少しでも和らげてやれれば、と思っただけなのだ。が、何がどうこけるか、分からない物である。今回の事で日番谷はそれを身を持って学習した。
「……おい、雛森」
「なぁに?」
心底嬉しそうにニッコリと微笑んで、桃が振り返った。酔っている為だろう。何時もの話し方ではなく、少々舌足らずな話し方になっている。
そして、振り返った桃の手にはシッカリバッチリと新しいお酒が持たれている。準備していた分は空になったと思っていた日番谷が若干、驚いた。
「何持ってんだ、お前は」
「新しいお酒〜」
「飲むな。寄越せ。手を離せ」
キッパリと言い切って、日番谷は桃から酒の瓶を奪い取る。が、桃の手は瓶を放さないでいる。
「え−、飲む〜」
「飲むじゃねぇ。お前、もう寝ろ。明日、絶対に二日酔いになるぞ」
「構わないも−ん」
「俺が構うんだよ」
酔っ払い相手に真面目に返答を返すのが間違っているのだが、日番谷は真面目に返答を返す。だから、桃が面白がって更に返答を返すのだ。
「ったく……」
「む−………」
ようやく桃から酒の瓶を取り上げて、手の届かない所へ片付ける。対する桃は取り上げられて、面白くないとばかりに頬を膨らませる。
しかし、それもちょっとの間だけだった。すぐに次の玩具を目に止めて、口元に笑みを浮かべる。
「日番谷く〜ん」
「あ?」
「寝る」
桃の口から出てきた言葉に、ようやく解放されるのか、と日番谷が安堵の溜め息を吐いた。
「んじゃ、布団ひいてやる」
「日番谷君も一緒に寝ようねv」
ニ−ッコリと満面の笑みで告げられた言葉の意味を理解するまで、二、三秒の時間を要した。理解して、眉間にシワが寄る。
「布団、一組しかねぇぞ」
「一緒の布団で寝れば良いでしょ?」
次の言葉に今度は完全に固まった。桃は何でもない表情をしている。
「………お前なぁ!!!」
「ダメなの? なら私も寝ない〜」
次々と桃は爆弾発言を投げかけていく。
今現在の日番谷に出来る事と言えば、一つ。覚悟を決める事だけだろう。
「……分かった。一緒に寝れば良いんだろ!?」
「うんっ」
幸せそうに微笑む桃とは正反対で、日番谷は何処かグッタリとした表情をしていた。以後、絶対に桃に酒は飲まさない、と日番谷が硬く決意したとか何とか。
翌日、寝不足の所為でグッタリとする日番谷と、二日酔いでグッタリとする桃が瀞霊廷で見れた、と言う事を追記しておこう。