後ろから抱きしめる

 とある晴れた日の午後の事。
 瀞霊廷には何とも言えない空気が流れていた。発生源は、瀞霊廷に勤める死神なら言わずとも分かると言う物だ。
「またかい?」
「えぇ、またです」
 苦笑するように尋ねたのは五番隊の隊長で、呆れたように答えたのは十番隊の副隊長だ。
 五番隊の副隊長と、十番隊の隊長が正式に恋人と言う関係になってから結構な時間が経った。元々知り合いだったと言う事もあり、仲良し――ある意味、バカップル――な二人だが、時折、喧嘩する。それも派手に。その後、仲直りするまでの間ずっと何とも言えない空気が流れるのである。
 今がまさに、その状態なのだ。
「今度の原因は何だったんだい?」
「さぁ…馬鹿馬鹿しい事は確かだと思いますよ」
「…そうか」
 乱菊のセリフに、藍染が苦笑した。
 日番谷と桃の喧嘩の原因は何時も傍から聞くと馬鹿馬鹿しいものなのだ。今までで何回もあった喧嘩騒動で皆、学習しているのだ。


 +++


 さて、渦中の二人の片割れである桃はと言うと、十番隊執務室を訪れていた。無論、渦中の片割れである日番谷に会いに。
「……」
「……」
 シンッと静まり返った執務室には、重々しい沈黙が下りていた。
 日番谷は執務室のソファに座って、桃に背を向けたままで終始仕事を続けているし、桃はと言うと入り口入った所で所在なさそうにソワソワと立っている。
「……」
「……」
 桃が十番隊の執務室を訪れて数十分が経とうとしていた。その間、桃と日番谷の間に会話はないままだ。
 不意に、空気が動いた。
 フワリ、と動いた空気が日番谷に纏わりついた。それと同時に、日番谷の首に桃の手が回される。
「………ごめんなさい」
 後ろから抱きついた状態で、桃がポツリと口を開いた。持っていた書類の束を机に置いて、日番谷が軽く息を吐いた。
「…こっちこそ悪かったな」
「ううん。日番谷君は悪くないから」
 顔を見ない状態のまま、桃が更に口を開く。
 小さい頃からの癖だ。喧嘩の後、謝る時、桃は日番谷に後ろから抱きつく。後から考えてみると、本人達にとっても馬鹿馬鹿しい内容で、顔を合わせるのが恥ずかしいらしい。
「取り敢えず、こっち来い」
 グイッと首に回されていた手を引っ張る。バランスを崩した桃がソファに落ちて来た。
「…危ないよ」
「そりゃ悪かったな。てか、お前後ろから抱きつく癖直せ」
「え−……」
「え−じゃねぇ」
 名残惜しそうな抗議の声を上げるのをキッパリと遮って、日番谷は桃を抱き寄せた。
「何か……何時もこんな事してるよね。学習能力ないのかな?」
「……そうかもな」
「少しは喧嘩しないようにしなきゃね」
「だな」
 日番谷に後ろから抱きしめられている状態でポツリ、ポツリと既に何回交わしたか分からない言葉を交わす。
「…日番谷君」
「あ?」
「大好きだよ」
「………あぁ」
 会話が途切れた執務室に、居心地の良い沈黙が落ちる。

日雛。
以前、お題消化で書いていた物。