じゃれる

 ドキドキと昂る気持ちを抑えながら、ゆっくりゆっくりと紙面の文字を追っていた。
 ずっと楽しみにしていた長編推理小説の新刊が発売になったのだ。発売と同時に買って、仕事の合間にゆっくりと読み進めていて、ようやくトリックを解き明かし、犯人を暴く山場まで読み進めた。
 パラリ、パラリと更にゆっくりと一字一字を目で追っていく。居合わせた探偵によって殺人の際に使われたトリックが明らかとなり、残す所、犯人の名前を告げるだけの状態である。
 正直、ここまで読み進めても桃には犯人が分からない。だから、探偵の口から告げられる犯人の正体が楽しみでもある。
「雛森−?」
 日も大分暮れていて、空に茜色が混ざり合った頃合いに、ガラリと扉が開けられた。呼ばれた名前に顔を上げてみれば、太陽の光を背に浴びた日番谷が入り口に立っている。
 部屋の中が薄暗くなっている事に、初めて気付いた。
「お前…こんな暗い部屋で何してんだ?」
「あ…本読んでたの」
「暗くなったのくらい気付いただろ−が。灯りくらいつけろ」
 注意をしながら、薄暗い部屋の灯りを灯す。闇に飲まれていた部屋を灯りが照らし出した。
「あはは……夢中になってたから全然気付かなかったの」
「……あのなぁ」
 桃のセリフに日番谷が溜め息を吐いた。
「何読んでたんだ?」
「え? あ、《探偵・暁の事件日記》の最新刊」
「あ−…あれな。俺も読んだな」
「やっぱり? 日番谷君、本好きだから絶対読んでると思った」
「お−。寝る前に−とか思ったら全部読みきってたな。お陰で翌日、眠い眠い……」
「それは止めた方が良いと思うよ……」
 不意に、ニ−ッと悪戯っ子のような笑みを日番谷が浮かべた。小さい頃からの付き合いの桃は嫌な予感がする。
「犯人。教え…」
「てくれなくて良いっ!!」
 日番谷の言葉の語尾に被せて、桃がキッパリと否定をする。読むより先に犯人を告げられるのだけは、嫌だ。
「遠慮すんなって」
「してな−いっ!!」
「それな犯人実は………」
「きゃ−っ!!!!」
 日番谷の言葉を遮るように大声を出して、耳を塞ぐ。
「分かった、分かった。言わねぇ」
「……」
「睨むなよ」
「だって……」
 耳を塞ぐ事はやめたものの、桃は未だ警戒気味だ。日番谷が小さく苦笑した。
「でな、雛森」
「うん?」
「メイドだぞ」
「え?」
「それの犯人」
 一瞬の間。
 言われた言葉を理解した桃がやった事。それは勿論、大声で日番谷を非難する事だった。
「言わないっていったのに!! 日番谷君の馬鹿―――っ!!!」
「油断してるお前が悪い」
「も―!!!」
 今日も今日とて。
 あまり代わり映えのしない日番谷と桃のじゃれあいが瀞霊廷の一部で見れたとか。



 ◆◆



「何で日番谷隊長は止めないンすかね?」
 恋次が首を傾げた。
 何処からどうみてもじゃれあっているとしか見えない二人の内の片割れは霊術院時代から天才と名高かった少年だ。
 何回も何回も、同じ事をする考えが恋次には理解出来ない。
「そんなの決まってるでしょ?」
「乱菊さん知ってるンすか?」
「読書中の雛ちゃんって、あんまり隊長に構わないでしょ?」
「そう…ですけど」
 見かけと裏腹に実は本の虫だったりする恋次が肯定する。
「あぁやったら怒ってるとは言え、構うじゃない? それが嬉しいみたいよ」
「………何処のお子様ですか」
「雛ちゃん関わると思考回路がお子様になるのよ」
 キッパリと乱菊に言い切られて、恋次がガクッと肩を落とした。

日雛。
バカップル日雛その2。