雪華

「……わ−」
 目の前の光景に、桃が声を上げた。
 昨夜は例年にないくらいの大雪が降っていた。積もるだろうなとは思っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
 まさに一面、雪景色。
 木々は雪の化粧をし、廊下にも、隊舎にもこれでもかとばかりに雪が積もっている。その厚さ、三十センチと言ったところか。
「やぁ、おはよう。雛森君」
「藍染隊長。おはよう御座います」
 寒そうに首を竦めて近づいてくる自隊の隊長に挨拶をすれば、笑顔と共に挨拶が戻ってくる。視線を桃から雪景色に向けて、藍染が小さく苦笑を漏らした。
「しかし、随分と積もったね」
「そうですね。これでは、隊務に支障が出ますね。移動もし難いでしょうし」
「山本総隊長もそう思ったみたいでね。常の隊務の前に、除雪作業を各隊でする事になったんだよ」
「そうなんですか。じゃあ、他の人に伝えてきますね」
「あぁ、宜しく頼んだよ、雛森君」
「はい」
 クルリと踵を返して、下位の死神がいる執務室へと向かう。この時間なら全員が揃っている筈だ。かくして、各隊全部に指示が渡り、護廷十三隊を挙げての除雪作業を執り行う運びとなったのである。


 ◆


 屋根に積もった雪を落としきり、音もなく雪の上へと着地する。まだ柔らかい雪の上に降りた事でバランスを崩しかけたが、そこは腐っても副隊長。難なくバランスを取り戻し、目の前の雪の山を眺める。
 屋根の上の雪を落とした事で廊下には所々、雪の山が出来上がっている。この雪の山を今度は、庭へと落として行くのだ。
 まだまだ終わりが見えない作業に、檜佐木が深い溜め息を吐いた。
「すごい溜め息ですね、檜佐木先輩」
「……雛森? 何か用か?」
 突然声をかけてきた桃に、檜佐木が不思議そうに首を傾げる。
「除雪作業初めてもう一時間くらい経つでしょう? そろそろ体も冷えてくる頃だから、休憩するのにお茶とか配って回ってる最中なんです」
「うぇ、もうそんなに経つのか?」
「経ちますね。あそこに九番隊の分が置いてあります」
「お、サンキュ−」
 差し出されたお盆を受け取って、檜佐木が休憩の声をかけた。
 作業中だった面々がその声を合図に、手を止め、雪が除けられた場所に置いてある湯飲みへと向かっていく。
「雛森、自分の隊はいいのか?」
「隊長がしっかり指揮とってくれてますし、響君も頑張ってくれてますから」
「あ−、有能って噂だもんな、三席の奴」
「だからお茶配りのお手伝い出来るんです」
「良かったな」
「はい」
 檜佐木はお盆を持ったまま、桃は手ぶらで雪を除け終わった場所へと歩き始める。
「あ−、気をつけろよ。雛森。すべるぞ」
「大丈夫ですよ〜」
 一応、注意を促した檜佐木に向き直って、桃がニッコリと口元に笑みを浮かべた。
 その直後。
「わっ…」
 足元不注意。
 散々、除雪作業中の面々に踏みしめられて凍った雪に足を滑らせる。軽い浮遊感が桃を包み、次いで所々茶色くなった雪の残る地面を真正面に見据える。
「おいっ!」
 短い檜佐木の言葉の後、浮遊感が止まった。辺りにこぼれて雪を溶かすお茶。体越しに感じるのは暖かい温度。まるで人肌のような――――と言うより、間違いなく人の体温だ。
「あっぶね−」
「び…吃驚しました」
「こっちもな」
 桃を抱き上げたまま、檜佐木が溜め息を落とした。
 地面と仲良しになる寸でで助けられた桃もまた、半ば呆然としつつも安堵の溜め息を落とす。
「大丈夫って言ったの、何処の誰だ?」
「私です……御免なさい」
「わかりゃいい」
「はい。…………で、下ろして下さい」
 背の高い檜佐木に抱き上げられていると、嫌でも他の視線を集めてしまう。好奇の視線に晒されるのは恥ずかしい物がある。
「照れてんのか?」
「!!」
「図星か」
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 顔を真っ赤にして口を閉じてしまった桃をマジマジと見やって、檜佐木が動いた。
 フワリと動く冷たい空気。頬を掠める微かな感覚。微かに掠めて離れていく温度。それらが意味する事は――――――――。
「………………!!」
 檜佐木のとった行動の名前に思い至って、桃が顔を更に真っ赤に染め上げた。それでなくても人の視線を集めている状態で、一体何をやらかすのか。
「ひ……檜佐木先輩っ!! 何するんですかっ!!」
「いや、色々と牽制を……」
「何の牽制ですかっ!!」
「何のってそりゃあ……」
 そこまで言って口を噤む。
 言える訳がない。桃の様子を伺っている某隊長だとか、某副隊長に対する牽制だなんて。
「まぁ、気にすんな」
「気にしますよ!」
 抱き上げられたまま、檜佐木をポカポカと殴る桃と、殴られながらも桃を下ろそうとしない檜佐木の姿が、その日の瀞霊廷では見れたらしい。誰も公言はしなかった物の、人を殺せそうなくらい不穏な霊圧を隠しもしない某隊長と、暗い影を背負った某副隊長の姿も同じ日、瀞霊廷で見れたとか。

修雛。
日雛の次に好きなCPです。