月に桜



 ヒラリと宵闇に待った薄桃が杯を満たす液体に落ちて、波紋を描く。
 一瞬の間に杯全体へと広がり消えゆくそれを見届けてから、日番谷が小さく溜め息を吐いた。
「ったく……」
 スゥスゥと安らかな寝息を立てて眠る幼馴染みの姿を、呆れを宿らせた視線で見下ろす。
 小さく丸まって眠る少女の周りに転がっているのは一升瓶――それも、生半可な数ではない。酒に弱い割に良く飲んだものだと、感心してしまう。
「……誰が片付けすんだ、これ」
 酒瓶がゴロゴロと散乱しすぎて、転がる場所さえ確保し難い。そんな部屋の中で上手く転がる場所を見つけている少女を褒めるべきなのだろうか。褒めた所で何が変わると言う訳ではないのだが。
 部屋を片付けなければ寝る場所の確保が出来ず、二人いる部屋の住人の内の片方は既に夢の世界へと旅立って久しい。否応の問題ではなく、必然的に片付けは日番谷がしなければならない。
「……」
 もう一度、今度は深い溜め息を落とした。
 前にも似たような事があったような、と一人静かに日番谷が黙考する。
 雛森に酒を飲ませ、酔った雛森に絡まれ、以後絶対に雛森に酒を飲まさないと固く決意したような気がするのだが。励ます為とは言え、こうして酒を飲ませてしまっては決意は意味を成してない。
「ん〜……」
 モニャモニャと意味を成さない言葉を呟きながら、雛森がゴロリと寝返りを打った。その際に掠った酒瓶がゴロゴロと床の上を転がる。
 顔を赤くして、それでも何処か幸せそうな表情で眠る雛森を見下ろしながら、日番谷が杯に残った酒を呷った。
 開け放たれた窓から注ぎ込まれる月光が部屋を柔らかく照らし出す。
 どんな時でも変わらず其処にある月の姿を、窓枠にほおづえをつきながら、見上げた。


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 BLEACH : 日雛






 柔らかな時間



「主様、お帰りなさいです」
 にこにこと幼い顔に柔らかな笑みを浮かべた少女が出迎える。もっとも、その顔立ちと背丈から幼く見えるだけで、実年齢は七代を遥かに上回っている筈だ。その横に佇み、何処か楽しそうでいて、企んだような笑みを浮かべる男もまた、同様に。
「坊、おかえんなさいやし」
「主様、学校は如何でしたか?」
 大きな瞳を瞬かせて、鈴が七代を見上げてくる。それに微かに笑い返しながら、少女の元へと歩み寄った。
 興味津々と見上げてくる鈴と、その傍らに立ち楽しそうに見守る鍵。
 自分には生憎と兄弟はいないが、いたらきっとこんな感じなのだろう。兄と妹が一度に出来たようで、少し楽しい。
「今日も色々とあったよ」
「そうなのですか?」
「うん。巴が……巴ってのは鴉ノ杜の生徒会長なんだけど……」
 この羽鳥神社の神使の二人が見える人間はそういない。この神社の主である清四郎とその娘の朝子ですら見えないのだ。誰にも見えない時間を長くすごした二人にとって、姿が見えて当たり前のように接してくる七代はとても、大切な存在。
 今日の出来事を語って聞かせる七代もまた、楽しそうに語っている事に気付いているだろうか。
 この場を満たす空気は温かく、そして平穏だ。それはいつまでも浸かっていたいくらいに幸せで――――。
「そりゃあ、御苦労さんです」
 常に浮かべている人を食った物とは違う笑みで、鍵が微笑った。


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 東京鬼祓師 : 主人公+鍵+鈴