女の子の時間

 カロンと涼やかな音を響かせて、ブル−グレイのドアが開かれた。
 振り返ってみれば、其処に立っていたのは馴染みの姿。
「真砂子!」
 手にしていたティ−カップとトレイをテ−ブルに置いてから、麻衣が笑顔で駆け寄る。
 ドアを閉めながら、真砂子も笑顔で応じる。
「久しぶりですわ、麻衣」
「うん。本当に久しぶりv 何か飲む? 淹れるよ?」
「結構ですわ。麻衣、ナルはいまして?」
 真砂子の問いかけに一瞬、キョトンとなる。
 そして、事務所の奥まった場所にある所長室のドアを指差した。
「いるけど、あの中。ただ今、お篭り真っ最中だよ」
「まぁ…」
「多分…と言うか100%、機嫌悪いと思う」
 クッキリと眉間にシワを寄せて、睨む…と言うより見下してくる黒衣の美青年を思い浮かべて、嫌そうな表情を浮かべる。
 普段からとっつき難い性格だが、仕事の為に篭っている時は更にとっつき難い。
 下手に口を挟もうものなら、嫌味とブリザ−ドの餌食となってしまう。嫌味はともかく、ブリザ−ドの餌食にならないのは麻衣と安原くらいのものだろう。
「麻衣」
「何?」
「その紅茶はナルに?」
「あ、うん。さっき頼まれたんだ−って、ちょっと持っててくるね。これ以上、遅くなったら、嫌味を言われる〜」
「私が持って行きますわ」
 慌てて持って行こうとした麻衣に真砂子が声をかけた。
 真砂子の突然の言葉に麻衣が再び、キョトンとした表情を見せる。
「言ったでしょう? ナルに用があるんですの。持って行くついでに、用を済ませて参りますわ」
「う−ん……気をつけてね?」
 注意しつつ、麻衣はトレイを真砂子に渡す。
 それを受け取りつつ、真砂子がニッコリと微笑んだ。
「いくらナルでも、いきなりPK食らわしたりはしませんでしょう」
「それはさすがにね…」
「じゃあ、行って来ますわ」
 もう一度、ニッコリと笑い直してから、真砂子は所長室のドアを開けた。

 +++

「ナル? お茶を持って来ましたわ」
「原さん?」
 麻衣ではなく真砂子がお茶を持ってきた事に、ナルは怪訝そうな声を出す。
 それにニッコリと笑って、真砂子はトレイの上のお茶をデスクの端の方に置いた。
「心配しなくとも、お茶を淹れたのは麻衣ですわ。ナルに話がありますから、変わって頂きましたのよ」
「…それで? 僕に何の用ですか?」
 訝しげな表情で見てくるナルに真砂子はニッコリと微笑む。
「麻衣を今日一日貸して欲しいんですの」
「…何故、僕にそれを?」
「あら、今から連れ出すんですのよ? 雇用主の許可は必要でしょう。麻衣はそう言うのを気に致しますでしょ」
 口元を袖で隠して、真砂子が言う。
「それに、一応断っておかないと、ナル、機嫌悪く致しますでしょう。麻衣に関しては、独占欲と嫉妬心の塊みたいですもの」
 笑いを含みながら、真砂子はキッパリと言い切る。
「…原さん」
 低い声でナルが呟く。
 が、短くもないが長くもない付き合いで、今更だ。真砂子が動じる筈もない。
「私、嘘を言いましたかしら?」
「………」
「じゃあ、借りていきますわね、麻衣。心配しなくとも、遅くなる前には返しますわ」
「…好きにして下さい」
 短くそう言うと、ナルは置かれた紅茶に手を伸ばした。
 小さくクスクスと笑って、真砂子は所長室を後にした。

 +++

「長かったね」
「えぇ。話が長引いてしまいましたの」
「ふ−ん…機嫌悪かったでしょ?」
「そうでもありませんでしたわ」
 トレイを受け取りながら、ふ−んと麻衣が呟く。
「麻衣」
「何?」
「これから、出かけますわよ。早く準備して下さいな」
「え? し…仕事中だよ!?」
 真砂子の言い分に麻衣は慌てる。
 予想通りの反応に、真砂子が笑う。
「ナルに許可は頂いてますわ。それに今日は私の誕生日なんですのよ? 付き合ってくれたって良いんじゃありません?」
「え? 真砂子、誕生日なの?」
「えぇ」
「わ−、おめでと−」
 花開くように笑って、麻衣がパチパチと手を叩く。
「で、付き合って下さいますの?」
「そだね。誕生日だし、付き合いましょう。真砂子姫にv ついでに誕生日プレゼントに何か奢るね」
「まぁ、じゃあ高級料亭でも参りましょうか」
 艶やかに笑って、真砂子がそう言う。
 慌てたのは、麻衣だ。
「ちょ…ちょっと待て−;; そんなにお金持ってないよ!」
「知ってますわ。麻衣にそんな所を奢ってもらう筈、ありませんでしょう?」
「冗談でも言うなよ〜」
「からかい甲斐がありますわ」
「真砂子酷い〜」
 麻衣がプウッと頬を膨らます。
 真砂子は笑って、それを見た。
 女の子の時間はこれから始まる。

真砂子誕生日記念SS。むかしはマメに誕生日小説とか書いてたんだな……。
ある意味、最強と化した真砂子姫です(笑)