雪降る日に

 陽は完全に落ち、夜の帳が下りていた。黒い空の暗幕から、チラホラと舞い降りてきたのは純白の雪だ。
「見て、ナル。雪が降ってきた」
 空を見上げて、麻衣が嬉しそうに呟いた。
 フワリフワリと舞う雪は地面に、木に、麻衣へと舞い降り、スゥッとその姿を消していく。
 肌を刺す冷気が冷たいが、それ以上に雪が見れた嬉しさから麻衣の歩みは完全に止まっていた。それを認めて、ナルが溜め息を一つ落とした。
「麻衣。足を動かせ。それとも此処で寝るつもりか?」
「……情緒台無し」
「此処で寝るんだな」
 麻衣の恨みがましい呟きを一言で切り捨てて、ナルがその場から立ち去っていく。その後を慌てて麻衣が追う。
「ね−、ね−、ナル。雪、積もるかなぁ」
「この程度じゃ積もらないだろう」
「積もらないのか…」
 心底残念そうに呟く麻衣に、その場二度目の溜め息を落とす。
「雪が積もれば、交通機関はストップするが? 学校に行けないぞ、麻衣」
「そう言うナルだって仕事場行けないじゃん」
「別に。自宅で仕事すれば良いだけの話だ」
「それやったら、一日、書斎から出てこないから駄目」
「なら、積もれば良いなんて言わない事だな」
 何か、ナルにしてやられた感がして、麻衣がムゥッと剥れる。元々、ナルに口で勝とうと言う事自体、無謀だったと言えば無謀だったのだが。麻衣がナルに口で勝てる事は少ない。
「大体、雪が降ったのがどうした。空気中の水分が凍って落ちてきただけだろう?」
「そうだけど、舞い降りてきたら綺麗じゃんか。冬が来たな〜って感じで好きなんだもん」
「そんなものか?」
「そんなものだよ」
「…そうか」
 短く言葉を切って、黙り込む。
 場に沈黙が落ちた。ナルは元々、口数が少ない。必要な事すら言わないくらいに。だから普段は麻衣が喋る。ナルの分も、とばかりに。だけど、今は言葉は要らない。場に落ちた雰囲気は決して悪いものではない。
「……冷えたね」
「誰の所為だ」
「…あたし、です。家帰ったら、暖かい紅茶でも淹れるね」
「あぁ」
 帰ってきた言葉に、麻衣が笑む。そのまま、ナルの腕に自分の腕を絡めて歩き始める。
「歩きづらいんだが」
「良いじゃん、良いじゃん。暖かい」
「……」
 若干、眉をしかめたものの、振り払う事はせずに。舞い降りる雪の中、二人連れ添って、家路を急いだ。

ほのぼのナル麻衣。