君の為に紅茶を

 ゴールデンドロップと呼ばれる最後の雫がティーポットから落下し、金色の液体に波紋を描いた。
 柔らかな紅茶の良い香りに、今日も美味しく入れられた事を確信して、麻衣がニッコリと笑みを浮かべた。
 非常に紅茶に口うるさい上司の下で紅茶を入れ続けて早数年。紅茶は勿論の事、コーヒー、緑茶、その他様々な飲み物を美味しく入れるのは人に誇れる麻衣の特技だ。
「えーっと……」
 金色が満たされた白磁のカップと、片手で掴んで食べられるサンドイッチをトレイに乗せて、キッチンを後にする。
 目指す先は届いたばかりの書物と共にお篭りを始めてしまった上司兼同居人兼恋人がいる書斎だ。
 コンコンと軽く、扉を叩く。が、中から返事はない。勿論、麻衣だって返事を期待してなどいない。お篭りを始めた恋人は何の音も遮断してしまうのだから。
「ナル」
 暗い部屋の一番奥のデスクで本に埋もれて本を読む漆黒の麗人を見つけて、傍にあった電気のスイッチを入れる。
 パッと部屋が人口の白い光に照らされて明るさを取り戻す。が、その人工的な明るさを好まない人物だっている訳で。
「……麻衣」
 低く、自分の名前を呼ぶ青年は間違いなく邪魔されて機嫌が悪い。
「自分が何時間、書斎に閉じこもってるか分かってるよね? 知らないとは言わせないからね。出てきて休憩」
「必要ない」
「必要なの。いいから出てくる」
 キッパリと言い切ってから、ニッコリと麻衣が笑ってみせる。
 ナルを相手にする場合は強きに出る方が良いと、そう教えてくれた英国にいるナルの上司の直伝の笑みは相変わらず効果絶大だ。そもそも、ここまでが休憩なしで見逃せるボーダーラインだ。これ以上は何を言われようとも、見逃せない。
「…………」
「…………」
 続く無言の対峙。
 先に折れたのはやっぱりと言うか、当たり前と言うか。閉じ篭っていた漆黒の麗人の方だった。
 一つ、深い溜め息を落としてから、詠みかけの本に栞を挟んで机の上に置き、その場から立ち上がった。
 出口の方へと向かって歩いてくるのを確認してから、麻衣がその場を離れて先にリビングへと向かう。用意されていた紅茶と軽食をナルの定位置の前に置いた。
「ちゃんとサンドイッチも食べてね」
「……」
「食べたら朝までの書斎お篭り見逃したげるから」
 もう一度、小さな溜め息を落として、白磁のカップを手に取る。
 フワリと紅茶の良い匂いが香る。紅茶を入れる際の最適な温度と時間を見極めて入れられた紅茶はとても美味で、自覚の無い疲れを和らげる。そのまま小さなサイズに揃えられたサンドイッチを口に含む。
「麻衣」
「何?」
「ご馳走様」
「ん。見逃すとは言ったけど、無理はしちゃ駄目だからね」
「なるべく気をつける」
「そうして下さい」
 紅茶の注がれていたカップとサンドイッチの乗っていた皿を綺麗に空にしてから、ナルがリビングを後にする。
 綺麗に全部食べてくれた事に喜びを感じつつ、空になったカップと皿を洗為に、麻衣はキッチンへと向かった。

Web Crap Rog:Ghost Hunt(ナル麻衣)
いつから居たのかも記憶にないくらい頑張ってくれていました。飲み物がテーマで「紅茶」