秋晴れ空と勇姿

 澄んだ青空には白い雲。時折、宙を赤とんぼが二匹、連れ添って横切っていく。
 穏やかな天気と気温の九月の終日。とある場所には熱気が立ちこもっていた。
 パ−ンッ。
 空砲が鳴った。それと同時に、赤と白の帽子を被った子供達がいっせいに走り出した。
 彼らが走るトラックの周りには沢山のテント。その下には、子供の勇姿をカメラに収めようと、保護者達が意気込んでいる。
 九月の最後の日曜日。
 仁の通う小学校では、運動会が催されていた。子供達の勇姿を見に来た沢山の保護者達の中には勿論、彼――谷山 仁の保護者も来ていた。
「お−、仁、速ぇじゃね−か」
「本当」
 金髪に皮ジャンの青年は額に手をかざしつつ、呟く。それに同意を示したのは紅いル−ジュが目を引く派手だが美人の女性だ。
 その周りには黒髪の和服美人やメガネをかけた人の良さそうな青年、片目を前髪で覆った青年。そして、栗色の髪の可愛らしい少女と、一度見たら忘れられないくらいの漆黒の美人の姿がある。
 一見したら、何でココにいるんだ!? と言った風の彼らはお馴染みのSPRの面々だ。彼らは漆黒美人と栗色の髪の小柄な少女の息子の活躍を見に、小学校を訪れている。
「大活躍ですわね、仁君。誰かさんに似なくて良かったこと」
「……真砂子? “誰かさん”って誰の事かな−?」
「さぁ? 麻衣一番良く、御存知なのではなくて?」
「…………」
 ニッコリと綺麗な笑み付きで真砂子が言ってのける。
 真砂子の反論に、麻衣がグッと詰まった。麻衣が真砂子に口で勝てる事は少ない。
「お母さ−んっ」
 口を開こうとしたちょうどその時に、子供特有の高めの声が響き、麻衣の背中に衝撃が来る。チラリと視線を向ければ絹のように細く艶やかな黒髪と、同じ色合いの瞳を持つ少年が麻衣に抱きついていた。
「お帰り、仁」
 ニッコリと笑って、麻衣は戻ってきた息子をやんわりと抱きしめた。…勿論、後方で発生したブリザ−ドにも、抱きしめている息子のニヤリとした笑みにも気づいてはいない。
「あれ? お父さん、来たんだ?」
「仁の活躍はやっぱ家族で見ないとね〜」
「で、頑張ったんだ?」
「うん」
 心底、嬉しそうに麻衣が微笑んだ。仁もそんな母親に笑みを向けている……向けているが、内心、何を考えているかを察するのは楽なことだろう。
 何とも言えない話だが、すでに慣れてしまった面々は、また始まった、と苦笑している。
「話してないで、お昼にしよっか」
 ポンと手を打って、麻衣は傍に置いてあった鞄を探る。そしてそこから黒塗りの大きな重箱を取り出す。綾子と真砂子は、お茶の準備をしている。
 重箱の中には、綺麗に飾ってあるおむすびやタコの形をしたウィンナ−、綺麗な色に焼けた厚焼き玉子などのお弁当のおかずが所狭しと入れてある。どれも朝から綾子と麻衣、真砂子の三人が頑張ったものだ。
「うわ−、美味しそう」
「頑張ったなぁ…」
「そりゃあね」
「ほら−、ナルも本読むの止めるっ!!」
「……うるさい」
「うるさいじゃないっ!!」
 お弁当の中身に感嘆の声を上げる仁と滝川の傍で、麻衣はナルの本を取り上げようと必死だ。が、ナルも取られまいとする。
 そもそも、運動会の会場にまで本を持ってきて読もうとするもの可笑しな話だが、相手はナルである。らしすぎて何とも言えない。
「お母さん、放っておいたら?」
「駄目。皆で食べた方が美味しいもん」
 仁に答えながら、ナルの本の上部を掴んで引っ張る。
「……案外、お母さんと綾子ちゃんと真砂子ちゃんの作ったもの、食べたくないんじゃない?」
「……そうなの、ナル…?」
「誰が、何時、そんな事を言った」
 仁の言葉を綺麗サッパリ即否定して、ナルは手にしていた本を置く。代わりに箸と紙皿を手に取る。
 それを見て、麻衣が満足そうに笑った。
「そう言えば僕、親子競技に出る事になってるんだけど…」
 おにぎりを頬張りながら、仁が呟いた。ウィンナ−を口に放り込んだ滝川が手元のパンフレットに目を落とす。
「この、午後一のか?」
「うん、そう。二人三脚」
「へぇ−。仁、お父さんと出れば良いんじゃない?」
 紙コップに入れられたお茶をすすりつつ、麻衣が言った。
「「……」」
 麻衣の発言に対して、ナルも仁も無言だ。無言ではあるが、その表情を見れば、何を考えているかなど一目瞭然である。
 反論をしようと口を開きかけたそう言う時に限って、タイミングが良いのか、悪いのか。アナウンスが呼び出しをかける。
「ほら、行っといで。普段、会話ないしね。親子関係を深めるチャンスじゃない」
 深めたくない、と心底思ってはいるのだが、ナルと仁が麻衣に勝てる訳はなかった。
 何やら不穏極まりない雰囲気を纏ったナルと仁の息は、ピッタリとはいかないものの、割と揃っていた。その甲斐あってか、見事、一着ゴ−ルを決めてみせる。
「お疲れ様、ナル」
「あぁ。金輪際、こんな事は懲り懲りだ」
「でも、楽しかったでしょ? 普段、お父さんする場面なんかなかった訳だし」
 ナルの顔を覗き込んで、麻衣がクスクスと笑う。
 麻衣を巡ってライバル関係にあると言えども、仁はナルの子供だ。偶には父子をしても良いかも知れない。一年に一回程度は。
「勝ったよ〜」
 満面の笑みを浮かべて、かけて戻ってくる息子を麻衣も満面の笑みを浮かべて迎え入れる。傍らに立つナルの口元にも、普段とは違う穏やかな――父親の笑みが浮かんでいた。

ナル麻衣親子話 in 運動会。
二人三脚が始まるまでの間、ナルと仁の間には嫌味の応酬があったと思われます。