春来

 身を切る様な寒さはその猛威を控え、替わりと言わんばかりに春らしい穏やかな気候がその姿を見せ始めていた。
 寒さに固く蕾を閉じていた花々は、春の訪れを喜ぶように蕾を綻ばせ。未だ、枯れた木と深い暗緑に彩られた山間にポツリ、ポツリと薄桃色が花開く。
「――――あ」
 微かに漏れたゆやの小さな呟きに最初に反応したのは、小柄な少年だった。
「ゆや姉ちゃん。どうかしたのか?」
「見てみて。あれ、きっと桜よ」
 白く細い指が指す先には、山間に花開く薄桃色。
 未だ春の訪れを感じられない平地よりも一歩先に訪れた春。
「もう、春だもんな」
「そうね。今年はちょっと寒いから……まだまだ先の話かと思ってたんだけど。春なのよね」
 顔を見合わせて、二人で笑いあう。
 寒さが和らいだとは言え、まだまだ朝夕と肌寒い日が多くて。花開く春は遠い先の話かと思っていたのだが。
 緩やかに。
 でも、確実に。
 春は近付いていたようだ。
「満開になったらお花見でもしたいね」
「……それ、幸村や鬼目の狂の前で言わない方が良いと思う、ゆや姉ちゃん」
 ポンと手を合わせ、楽しそうに呟くゆやに、サスケが苦笑を漏らしつつ忠告する。
 幸村にしろ、狂にしろ、その他諸々にしろ……花見=酒の図式が成り立っているに違いない。花見と言うある種の祭りごとをこれ幸いとばかりに酒をゆやに買わせるのは目に見えている。
「……そうね。じゃあ、狂達には内緒でお花見しよっか、サスケ君」
「……」
 口元に指を当てて。
 悪戯っぽく、ゆやが微笑う。
 ――――そうやって微笑う姿に弱い事をわかっていてやっているのだろうか。ゆやの性格を考えればわかっていない可能性の方が高そうだが。
 わかっていようが、わかっていなかろうが、どちらにせよ。
 全く、性質が悪い。
 断れる筈が、ないではないか。そうやって言われた以上。
「……うん」
「楽しみだね、花咲くの」
「この気候ならあと一週間もあれば満開になるよ」
「そっか。お団子とか買わないとね〜」
「……花見に行くんだよな? 花より団子にならないようにね、ゆや姉ちゃん」
「……なりません! 失礼ね〜」
 言葉の前に間があったのは図星を当てられた所為だろうか。
 眉間にシワを寄せ、頬を膨らますゆやの姿に、サスケが笑みを浮かべた。
 緩やかな春風に舞った桜の花びらが、ヒラリと地面に舞い降りる。春は、もうすぐそこまで来ている。

サスケ+ゆやでほのぼの。
遅い春が訪れ、花々が綻び始めて嬉しかったので、記念に。しかし、私が書くとサスケがゆやに甘すぎる(苦笑)