穏やか空間

 コポコポと。
 穏やかで心地よい空間に、飲み物を注ぐ音とページを捲る音だけがしていた。
 落ち着いた色合いのソファの前のテーブルにカタンと微かな音を立てて、カップが二つ、置かれる。
 片方は甘い、甘い香りを漂わすホットチョコレート、もう片方はホットチョコレートと対照的なブラックのコーヒー。
「……寝たんだね」
「あぁ」
 小声でひっそりと、リーマスとシリウスが言葉を交わす。自分用に入れたホッとチョコレートのカップを手に、リーマスが向かい側のソファに腰を下ろす。
 その向かいに座っているシリウスに寄りかかって、ハリーが静かに寝息を立てていた。膝の上には開かれたままの分厚い魔法書が乗っている。大方、本を読んでいる途中で睡魔に負けたのだろう。
 起こさないように静かに、シリウスがコーヒーのカップを手に取った。
「……メガネと本くらいどけたらどう? 寝にくいと思うよ」
「…そうか?」
「………」
 全くそう言った考えに至らなかったらしい黒髪の友人を見やって、リーマスが溜め息を吐いた。カップをテーブルに置いて、階段に向かって歩き出す。
「毛布でも取ってくる。春とは言え、まだ少し肌寒いからね。窓も開いてるし」
 正面の窓は適度に開けられており、そこから少々肌寒い風が室内を巡っている。
 閉めようにも、シリウスが動けば、もたれかかって眠っているハリーが目を覚ましてしまうだろう。折角、気持ち良さそうに眠っているのを邪魔するのは躊躇ってしまう。
 窓に向けていた視線をハリーに向けて、膝の上で開かれたままだった魔法書を閉じて、テーブルの上に移動させる。そのすぐ傍には細心の注意を払って外したメガネを置く。
 時折吹く風に、ハリーの柔らかそうな髪がサラリと揺れた。シリウスとリーマスの親友でもあったジェームスと似た色合いの髪をそっと撫でる。
 アズカバンを脱獄して、真実が明るみに出るまで短かったように感じる。脱獄した後しばらくは逃亡生活を続けていた。
 人里から少々離れたここに家を見つけて、古い友人のリーマスと名付け子でもあるハリーと暮らし始めたのはつい最近の事だ。

 夢の様に感じる現実。

 秘密の守り人でありながら、裏切り、彼の人に寝返ったかつての友人に対する恨みを忘れたわけではない。未だ胸の奥深い場所で蠢き続けている。
 ハリーとて決して平和の中にいる訳ではない。復活を遂げた「彼の人」がハリーの命を狙い続けるだろう事は想像に容易い。あの手この手で命を狙ってくるだろう。無論、かつての友人もそこにはいる事だろう。
 助ける事が出来なかった友人達と自分と彼にとっての愛し子を「彼の人」から守れるだろうか? 否、守り抜いてみせる、とシリウスが自問自答を繰り返した所で、フワリと動く空気に思考が遮られた。
 柔らかいクリーム色をした毛布を未だ眠り続けるハリーと、おまけとばかりにシリウスにかける。
「リーマス?」
「ん?」
「何で俺にまでかける?」
「夕食まで時間があるからね。どうせなら皆で寝るのもありかなぁって」
 ニコッと何時もと変わらない笑みを浮かべて、リーマスがシリウスに対する提案を口にする。毛布をかけた時点で既に決定項の気がしないでもないが。
「……………」
「ダメ?」
「ダメも何も……毛布かけた時点で決定してるんだろ?」
「まぁね」
 シリウスの問いかけに、アッサリと肯定を伝える。シリウスが小さく苦笑した。
「窓は閉めろよ」
「了解」
 シリウスなりの了承の言葉を聞いて、リーマスがソファから立ち上がった。開け放してあった窓を閉める。
 絶え間なく入っていた冷気は遮断した物の、既に部屋の温度は十分に下がっている。多少、寒気を感じる程だ。
「…随分と冷えてたね、部屋」
「だな」
「これじゃ、毛布かけてても寒いね」
 呟いて、いつの間にか手にしていた杖を軽く振った。
 チリッと火種が見えた次の瞬間には、奥まった場所にあった暖炉には火が灯っている。
「これでよしっ、と」
 満足そうに頷いて、ソファに置いておいた毛布をかけて、横になる。
「おやすみ〜」
 と呟いて、すぐさま、リーマスから規則正しい寝息が漏れ始める。
「……寝つき早くないか?」
 あまりの寝つきの速さに多少、呆然としつつもシリウスもまた、視界を閉ざした。程無くして、シリウスからも穏やかな寝息がたち始めた。

Harry Potter:シリウス+ルーピン+ハリー。
すいません、夢見て御免なさい。この三人が大好きです。