言の葉は静かに舞い降りて

「おめでとう御座います」
 静かに紡がれた祝いの言葉に、王と寄り添って立つ王妃が目を細めて微笑んだ。つられる様に、小さい人もふわりと口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう。だが、英雄がこんな所にいるつもりかね?」
「ここで良いんですよ。僕一人で全てを成し遂げた訳じゃないんだから。サムや馳夫さんやレゴラスやギムリ…皆がいて初めて成し遂げられた事なんだから」
「最終的に、滅びの山の火口に指輪を投げ入れたのは君だろう? フロド」
 問いかけの形の確認に、フロドの笑みが困ったような笑みに変わる。
「どうなんでしょう? ただ一つ言えるのは、僕だけじゃない。サムと…………ゴラムがいてくれたから…そう、思ってます」
 長く辛い旅路だった、と思い返す。
 指輪の誘惑に負けそうになった事は数え切れない程ある。特に、モルドールが近付けば近付くほど、心身共に指輪の魔力に侵食されていった。サムや仲間や出会った人の、沢山の助けがあった事は疑いようも隠す気もない事実だ。
「中つ国皆で勝ち取った平和ですよ」
「随分と謙遜な事を」
「そうですか? 馳夫さんも頑張ったんでしょう?」
 小首を傾げて、言外に聞きましたよ、と言う言葉を滲ませて、問う。
「私は何もしてないさ」
「嘘ばっかり。誰よりも頑張っていた、と聞きましたよ」
 即答で否定されて、アラゴルンが眉間にシワを寄せる。王妃となったアルウェンが穏やかに微笑む。
「ゴンドールに王が戻って、きっと喜んでいるでしょうね」
「フロド?」
「何よりも国の事を憂いていた人です。……見せてあげたかった、王が戻った瞬間を。この風景を」
 何処か遠くを見つめるような瞳で、フロドがポツリと漏らした。
 “誰に”とは聞かない。聞く必要もない。誰よりもゴンドールの未来を憂いていたのはたった一人しかいない。
 一緒に指輪を滅ぼす旅に旅立ち、この場にいない小さい人二人を助ける為に命を張った彼しか。
「あぁ、そうだな」
「でも……僕達の記憶にいるボロミアは喜んでる…勝手の良い幻かも知れないけれど」
「そんな事はないだろう。喜んでいるよ」
 今は亡き人を想い、放たれる言の葉は静かにその場に舞い降りて、霧散する。
 きっと――いや、間違いなく喜んでいるだろう。ゴンドールに王が戻ってきた事と世界を脅かす脅威が消滅した事を。武骨な見かけとは裏腹な人の良い笑みを、満面に浮かべて。
「それじゃあ、馳夫さんはボロミアに怒られないように頑張らないといけませんね」
 小さく笑って、フロドが口を開いた。
 平和と平穏は戻ってきたが、各地に残る傷跡は多い。サウロン側に組みしていた残党もまだいるだろう。
 王としてアラゴルンがやらなければならない事は多い。
「そうだな。怒られないよう頑張るとしよう」
「それが良いですよ」
 フロドの顔を見て、アラゴルンが口の端を上げた。

 傷跡も、失くした物も多い。
 沢山の大切な人が亡くなった。

 それでも時が経つにつれ、傷は癒えていくだろう。

 これからの平和を平穏を、今は亡き人への言の葉に乗せて。
 誓いの言の葉は静かに場に舞い降りる。

Lord of the Rings:アラゴルン+フロド。
王の帰還ラストの戴冠式辺り。ボロミアはきっとこの瞬間を待ち望んでいたんじゃないかと思ってるんですが。