それは、彼女が居た城からそう離れていない場所にヒッソリと佇んでいた。盛り上がった土、古ぼけた木の枝が墓石の代わりのように立てられている。
その前に白い花を束ねた花束を捧げる。
彼はパペット族だから、体は何時までも大地に返る事は無く、其処にあり続ける。だが、魂は既に世界へと返り付いた事だろう。
「……貴方は馬鹿よ」
ポツリと小さく呟く。
幸せになってほしかったから。だから、彼の前から姿を消したのに。彼は再び、彼女の前に姿を現した。そして、彼女の手にかかって、命を落とした。
「……馬鹿よ」
優しい人だった。
彼が宿していた風のように穏やかで、人を包み込んでくれるような雰囲気を纏った人だった。
好きだった。愛していた。傍に居るのが当たり前だと思っていた。だけど、彼の命を奪ったのは彼女自身だった。
弱虫な自分が嫌で、変えたくて。闇からの誘惑に負けて仮初の力を手にし、暴走した彼女に、常と変わらない穏やかな笑みを浮かべたまま、彼は死んだ。
そして、死んだ後も見守れるように、と。
彼女が居た城の傍に墓を立てて、ただひたすらに、彼女を見守り続けていた。
「……シャドルネ」
頬を伝って、涙が地面に落ちた。
同じ道を辿るかと思った彼女の弟は、大切な少女と仲間達の協力を得て、彼女と同じ道は辿らなかった。
魔力を全て失って、それでも大きな魔力みたいな物を感じさせる程に成長した弟は彼女を城から出した。傍らには弟の大切な少女の姿。
自分と同じ道を辿らなかった事に安堵を覚える。そして一抹の寂しさを覚える。弟の隣には少女。だけれども、自分の隣は――――。
「さて、と」
ゆるやかに首を振り、周りへと視線を向け、墓へと戻す。
「もう、行くわ」
―――やる事が、沢山在るから。
口元に淡い微笑みを浮かべて、ヴァニラが立ち上がった。
全てのエニグマ憑きの頂点に立った弟の進む道は長く、険しい。投げ出したくなる時、つまづく時があるだろう。
そこを支えよう、姉として。
それが彼女の出した結論だ。
何時か生を全うして彼の元へ逝く日まで。ただ、ひたすらに。
後ろを向き、来た道を戻り始める。最後にと、もう一度だけ墓を振り返った。ボンヤリと見えた幻影みたいな物に、息を呑んだ。
それは確かに、彼の姿で。フワリと、困ったように、照れたように浮かべる柔らかくて優しい笑みを浮かべていた。
もういないあなたへ。 最大級の感謝と沢山の愛を。