突然の雨は、止む気配を見せず、勢いを増すばかりだった。
 が、雨の降りようと打って変わって、空は依然として晴れている。言うならば、天気雨と言う奴だ。
 そんな中、一人ポツンと少女が立ち尽くしていた。
 ピンク色をした艶やかな長い髪、宵闇色の瞳。プラントの歌姫と名高い少女――ラクス・クラインは雨の中に、静かに佇んでいた。
 濡れるのにも関わらず。
「ラクス!」
 自分の名を呼ぶ声に、ラクスは視線を空から後方へと移した。
 深い色合いの蒼い髪と同色の瞳。かつて、ザフトのエースパイロットと呼ばれた青年――アスラン・ザラが傘を手に、ラクスに駆け寄ってきた。
 その表情には、安堵と怒りが見て取れる。
「こんな所で何をしているんですか!! 雨が降っているのに、傘も差さずに、ずぶ濡れになって!! カガリやキラも心配していますよ!!」
 全身ずぶ濡れになったラクスに傘を差し出しながら、アスランが怒鳴った。人前で感情を露にする事の少ないアスランだが、ラクスの事となると違うらしい。
「こんなに冷えて…………ラクス? 聞いてるんですか?」
「聞いてますわ」
 何時もと同じフワリとした笑みを浮かべて、ラクスが口を開いた。
「何をしていたんですか?」
「雨を……雨を見ていたんですわ」
 そう呟いて、ラクスは再び、傘の下から空を見上げた。
「雨を…ですか? 別にそう珍しい物じゃないでしょう? プラントにだって降りますよ」
「私、先ほどピンクちゃんとお散歩に出たんですの。歩いていたら、急に降り出して――地球では本当に、急に天気が崩れるんですのね」
 そう言って、ラクスが笑った。
 アスランとラクスの故郷・プラントでは何もかも――天候ですらコンピュ−タ−が管理している。晴れと決まったら、晴れる。それ以外に何にもならないのだ。
「……そう言えば…ピンクちゃんは何処に行ったのかしら?」
 先ほどまで――と言っても、すでに十数分前になるが――一緒にいた筈のピンク色の丸い物体―ハロの姿がない。今更、その事に気付いた。
「ハロなら屋敷ですよ。雨が降り出しても戻って来ないと思っていたら、ハロだけが戻って来たんですよ」
「まぁ。濡れなくて良かったですわ」
「……貴女がそれを言いますか…ラクス」
 ラクスのなんだか的を外した発言に、アスランがガクッと肩を落とす。
「だって、ピンクちゃんが風邪を引いてしまいますわ」
「…貴女も濡れたら大変なんですが?」
「私は大丈夫ですわ。そんなに簡単に風邪なんて引きませんわ」
「…とにかく、帰りましょう、ラクス。カガリがお風呂の準備をして待ってます」
「まぁまぁ。そうなんですの?」
 ラクスが小さく首を傾げて、尋ねた。小さく頷く事で、答えを返す。
「自分の服を着せるんだと張り切ってましたよ…カガリの奴が」
「まぁ。カガリさんの服を私が? 楽しみですわ」
 ニッコニコと笑って、ラクスが言う。
 普段、ラクスが着ている服はカガリが着る服と真反対にあると言って良いだろう。それが着れるのが嬉しいのか、ラクスが楽しそうにしている。
「じゃあ……」
 そう言って、アスランがラクスの手を握って歩き出そうとする。が、逆にラクスに引っ張られる。
「ラクス?」
「カガリさんの服を着れるのも楽しみですけれども、もう少しだけ、ここにいたら駄目でしょうか?」
 上目遣いでラクスがアスランを見た。その行動にアスランはとてつもなく弱い。
「…一応、理由をお尋ねします。何故ですか?」
「アスランと二人っきりになるのも久しぶりでしょう? もうちょっとだけ二人っきりで居たいんですわ」
 今まで一番、華やかにラクスが微笑んだ。反対にアスランは言われたセリフに頬を紅く染める。
 戦争が終わった後、ラクスとアスランの忙しさは桁違いになった。それは今、久々に遊びに来たカガリやキラにも言える事なのだが。
 かつての歌姫と軍人はそれ相応の地位につき、それに伴って仕事の量は増え、責任も段違いに増している。中々、ラクスとアスランが二人っきりになれる事がないのだ。
「それとも…アスランは私と二人っきりで居るのは嫌ですか?」
「そ……そんな訳ありません! むしろ光栄なんですが……ですが、このままじゃラクスが風邪を引いてしまいますし……」
「大丈夫ですわ。本当にもうちょっとだけですから」
 しどろもどろと言うアスランに、ラクスも言う。こうなったら、この少女は誰よりも頑固な事を彼は良く知っている。仕方なく、首を縦に振った。
「本当にもうちょっとだけですからね」
「分かっておりますわ」
 ニッコリと笑って、ラクスは空を見上げた。
 雨は先ほどよりかは勢いをなくしているものの、未だ止む事無く降り続ける。
 不意に、空を見上げていたラクスの肩にフワリと暖かい物がかけられた。チラリと横目で見てみれば、それは見覚えのある少し暗い紅――普段、アスランが着ているコートだった。
「せめて、これくらいはかけさせて下さい。本当に、風邪を引きますから」
「で…でもこれではアスランが……」
 着ていたコートを脱いだアスランの格好と言えば、黄色いタートルネックに白のズボン。
「俺は軍人ですから大丈夫です。鍛えてますから。それに、ラクスよりは体力がありますので」
「……有難う御座います」
 これ以上、ここで押し問答しても意味が無いと思ったのか、素直にラクスが礼を言う。
「……綺麗ですわね」
 ポツリとラクスが呟いた。
「…そうですか?」
 アスランが首を傾げる。
 そんなアスランを見やって、ラクスが笑った。
「えぇ、とっても綺麗ですわ――雨も、この星も」

 +++

 ようやく見えたカガリの屋敷のドアを開けた瞬間、何か丸い物がラクスを――むしろその後ろにいるアスランを狙って飛んでくる。慣れたものでアスランは飛んできた丸い物――ハロを片手で上手い具合に受け止める。
「……ハロ」
『ハロハロ、ラクス〜』
「まぁ、ピンクちゃん。ネイビーちゃんも……カガリさん、キラもお出迎え有難うございますわ」
 出迎えられたラクスはニコニコと笑っているが、出迎えた方――カガリは今にも怒鳴りだしそうな雰囲気を纏っていた。
 否、怒鳴った。
「何やってたんだ!! あぁ、もう! ラクスはこんなに冷えてっ! とにかくお風呂沸いてるからサッサと入るっ!!」
 一気に捲し立てて、カガリはラクスの腕を掴んでズルズルと引きずっていく。 ポカンと呆気に取られたのは、当のラクスとアスランの二人で。
「ま…待ってくださいませ。ピンクちゃんとネイビーちゃんが……」
「これは俺が見てますから、ラクスは安心してお風呂へどうぞ」
 若干、苦笑しつつ、アスランがラクスにそう告げる。
 為す術もなくズルズルと引きずられていくラクスの姿を見送って、アスランとキラは顔を合わせて笑った。

 平和な日の、平和な日常。

ガンダムSEED:アスラク。
種未視聴な状態で書いた上に、色々と無視してます。種運命? そんなのしらn(以下略)