君よ、幸せにあれ

「幸せに、ネフリー」
「ありがとう、お兄さん」
 花嫁たる女性の兄が、祝いの言葉と共に、祝福のキスを額に送った。それを嬉しそうに、幸せそうに、花嫁が受け取る。その傍で見守る花婿たる男性が微笑ましい笑みを浮かべて、一連の光景を見守っていた。
 永遠の愛と幸せを神に誓う儀式は終始、和やかに、滞りなく進んで行っていた。
 幸せが満ち溢れるその空間に居ながら、青年ただ一人だけがその光景を何処か苦々しい表情と気持ちで見つめていた。
「人の妹の門出にそう言う顔をするのはお止めなさい」
 降ってきた声に上を見上げれば、花嫁の傍に居た幼馴染が目元を和らげて主役を眺めながら、佇んでいた。常が胡散臭い笑顔を浮かべているので柔らかい表情が物珍しい気がする。
 もっとも、それを本人に言えば、笑顔と共に毒を吐かれるのが目に見えているが。
「そんな表情をするくらいなら、伝えれば良かったのではありませんか?」
「…………伝えたさ」
「おや?」
 会場の端の方に座り込んだ幼馴染の言葉に、ジェイドが意外そうな表情を浮かべる。
「……冗談交じりだけどな」
「……ピオニー」
「本気だなんて、言える筈ないだろ。冗談でも言わないで下さいって言われたら」
 手で顔を覆って、半ば震える声でそう呟く。
 好きだった、ずっと、彼女が。
 隣に立つ幼馴染と違って柔らかな笑みを浮かべて迎え入れてくれた人。自分を「次期皇帝」ではなく「幼馴染」として見てくれた人。想いが恋愛に変わるのにそう時間は掛からなかった。彼女と共に、国を支えて行きたいと、そう思った。
 だけど、彼女は違った。幼馴染としては見れても、恋人――――恋愛対象としては見てくれなかった。身分が違うから、と他愛の無い冗談もやんわりと断られた。
 彼女が望んだのなら、自分は「次期皇帝」と言う身分を即座に捨てただろう。彼女は絶対に望まなかっただろうが。
「忘れた方が良い。ネフリーは結婚したし、貴方は時期に妻を迎えなければならない。国の為に」
「……分かってる」
「何時までも引きずるのは不毛ですよ」
「…………」
 分かっている事だ。
 自分ではない誰かの妻となった女性に想いを寄せ続ける事は不毛以外の何者でもない。だが、簡単に諦めれる物ならばとっくの昔に諦めている。
「……貴方も大概、馬鹿ですね」
「はは、違いない」
 ジェイドの言葉に苦笑を返して、勢いをつけて立ち上がる。
 座り込んでいた場所から遠く離れた場所で祝福を受けている二人の下へと歩き始める。
「…………ネフリー。結婚、おめでとう」
 屈託のない幸せそうな笑顔に、チクリと胸が痛む。想いは未だ、胸の内にある。だけど、君が幸せそうに笑うなら、その痛みを隠して祝福の言葉を告げよう。
 その内、君への想いを諦めるから。だから、今はまだ想いを寄せる俺を許して欲しい。

Tales of the Abyss:ピオ→ネフ。
番外編が出る前に書いたので、色々と合わない部分があります。こう言うピオネフを想像していた。