「これは、導師イオン。連絡頂けたら迎えに行きましたものを」
「御心配なく。彼女がいますから」
媚び諂(へつら)えるような笑みを浮かべて近付いてくる男にニッコリと聖人の様に微笑えんで、イオンは後ろに控えていた内気そうな少女の姿がよく見えるように少しだけ位置をずらした。
ピンクの長い髪に白とピンクを基調とした衣装、腕には何とも言えない表情をした人形を抱えた少女。その後ろにいるライガは低い唸り声を上げて、男を威嚇する。
「ライガ……!? 何故、ここに……誰か」
「このライガは敵ではありません。彼女の家族です。人に危害を加えたりしませんよ」
「家族? 彼女は……?」
「導師守護役です」
「導師守護役?」
イオンの言葉に少女を見てみれば、確かに導師守護役の衣装を身に纏っている。それに導師が言うのだから、人を襲わないのだろう。だが、それは絶対ではない。
万が一の可能性だってある。導師は、ローレライ教団の要。失ってはならない人物なのだ。危険を孕む物は早めに消しておくに限る。
ローレライ教団の為、導師の為、何より自分自身の為に――。
「誰か! このライガを殺せ!!」
声高々と叫んだ男を、イオンは何処までも冷めた視線で見据えた。
己の利益を一番に考えた男の行動は呆れも何もかもを通り越して、失笑ものだ。
男にしてみれば、イオンの為――本当にそうなのかも怪しい所だが――の行動なのだろうが、ハッキリ言って迷惑極まりない。
彼女の――アリエッタのライガは人を襲わないと、自分は確かに言った。それを信じなかったのは、他でもない目の前の男自身。
こちらの言葉を無視しておきながら、こちらの為と口にするなどおこがましいにも程がある。
「待ちなさい。僕の言葉を聞いていなかったのですか? 危険はないと言った筈です」
「で……ですが、導師」
未だ口を開こうとする男を、一瞥する。
馬鹿なこの男の所為でアリエッタの家族が殺されてしまうのは忍びない。
「言い訳は必要ありません。危険ではないのですから、人を呼ぶ必要もありません」
キッパリと強く言いきって、イオンは男を真っ直ぐに見据える。
「……ど……導師のお心のままに……」
悔しいと言う表情をありありと見せながらも、うやうやしく礼をする。
あぁ、本当に。
同じような態度しかとらない周囲に興味が持てない。彼らととって必要なのは導師であって、イオンではない。むしろ、誰でも良いのだ。導師と言う肩書きを持つのなら。
「イオン……様」
「どうかしましたか、アリエッタ」
「アリエッタの家族を庇ってくれて……ありがとう……です」
「他でもない貴方の家族ですから。庇って当然でしょう?」
イオンの言葉に、アリエッタがフワリと微笑った。
それはまるで、春の陽気に蕾を綻ばす花のように柔らかで、優しくて、鮮やかで。
彼のモノクロの世界に、明るく鮮やかな色を落とす。
「……アリエッタ」
「何……ですか?」
小さく首を傾げるアリエッタを見つめて、イオンが口元に笑みを浮かべた。
「何でもありません」
「?」
わけがわからないと言う表情のアリエッタを見ながら、ただイオンは笑っていた。
黒と白。
モノクロ二階調の彼の世界で、彼女だけが鮮やかな色を持ち始めた瞬間だった。