一方通行の視線

 常に笑みを浮かべている部下で親友で幼馴染と良く似た顔が、それとは違ったふんわりとした笑みを形作った。その話し相手をしている毛根から毛先にかけて赤から橙にグラデーションがかっている青年も、やんわりと子供のような笑みを浮かべる。
 その光景を少し外れた場所から、隠れるように、ピオニーは眺めていた。
 マルクトの首都・グランコクマの商店街の一角にあるオープンカフェは、日当たりが良く、お茶とお茶請けが美味しい事で人気を博した店だ。そのカフェの通りに面した席の一角を陣取って、ネフリーとルークが楽しそうに談笑していた。
 知らず、ピオニーが眉間にシワを寄せる。
 諦めたと思っていた想いはそう簡単に諦めきれる物ではなかったらしい。彼女が結婚して、長い時間が経つが、未だ想い消えずこの胸の内にあった。
 未練がましいと、自分でも思うが、こればっかりは仕方が無い。諦めようと努力しても、諦められなかったのだから。自然に想いが消えるのを待つしかない。まだ長い時間がかかりそうではあるが。
 視界に、微笑うネフリーの姿が映った。
 幼い頃、当たり前のように向けられていたその笑顔が別の誰かに向けられている事に、胸が痛んだ。思わず、視線をそむける。
「おや、こんな所にいましたか」
 視線を外した瞬間を狙っていたのか――声の主はやりかねない――、後ろから掛かった声に、金色の髪を揺らして振り返った。
 居たのはやはり、幼馴染で部下で親友たる男性。死霊使いとも自分の懐刀とも言われるジェイドだ。
「俺がか?」
「いいえ。ルークです」
「あぁ……」
 なるほど、と呟いてから視線を二人の方に戻した。
 相変わらず、二人は何やら楽しそうに話をしている。男と女でしかもかなり年齢が離れているのにも関わらず、どういった会話の共通点があるのだろうか。
 生憎と、ピオニーには全く検討がつかない。
「散歩してくると言って出て行ったまま、帰ってこなかったんです。困ったものです」
 そう呟くジェイドの言葉には、困った気配はない。あるのは微かな苦笑と暖かく見守る親愛の情か。
「あー、それは俺が原因だろうなぁ。ルーク見かけたから、捕まえて宮殿に引きずっていったもんなぁ」
「……陛下?」
「で、たまたまグランコクマまで出てきてたネフリーとも会って、話があったらしくて、あぁだ」
「なるほど」
 ピオニーが視線を送り続けている方へと、ジェイドも視線を送る。お茶とお茶請けに口をつけつつ、楽しげな雰囲気で話し続ける二人が視界に止まった。
「……で、貴方は何故離れた場所に?」
「…………」
 話を聞く限りでは、ルークを捕まえたのは目の前のこの皇帝で、それから更に妹を巻き込んだようだ。だとしたら何故、こうも離れた場所で視線を送っているのだろうか。
 ジェイドの問いかけに、ピオニーがフイッと視線を逸らした。
「いや、部下に見つかりそうになってな?」
「逃げた訳ですか。しかも戻るに戻れない……と。それで此処に隠れつつ、ネフリーを伺っている訳ですか」
「う……」
 図星を突かれて、ピオニーがウッと言葉に詰まった。その様子に、ジェイドが呆れたように溜め息を吐いた。
「貴方も大概、しつこいですよねぇ」
「しつこいって……ジェイド、お前なぁ」
「本当の事でしょう?」
 ニッコリと笑って言うジェイドの姿に、ピオニーが小さく溜め息を吐く。
「諦めが悪いと言えよ、諦めが悪いと」
「そう言う問題ではありません。不毛でしょう。諦めた方が良い。前に言いませんでしたか?」
「聞いたな」
「なら……」
「良いんだよ。不毛でも片思いでも一方通行でも。彼女が――――ネフリーが幸せならそれで良い」
 穏やかな笑みを浮かべて、落ち着いた声音でピオニーが言葉を紡いだ。
 そう。
 一方通行の想いだろうと何だろうと関係がない。自分よりも彼女。彼女さえ幸せならば、それで良いのだ。
「……馬鹿ですね」
 深い溜め息を一つ落として、ジェイドがポツリと呟いた。

Tales of the Abyss:ピオ→ネフ。
ネフリーが幸せならばそれで良いと言う人だと思うのです。そしてネフリーとルークの2ショットが割と好きだったりします(笑)