君と一緒に

「ノエル、頼むっ!!」
 パンッと勢いよく手を合わせて、頭を下げられて、ノエルが人知れず驚嘆した。
 一体、何だと言うのだろうか。
「……ルークさん?」
「突然で悪いんだけど、今日一日アルビオールから下りて付き合ってくれないか?」
「えぇっ!?」
 所謂、デートの誘いであることに、目の前の青年は気付いているのだろうか。気付いていない確率の方が高かったりするのだが。
「駄目か?」
「一体、どうしたんですか?」
「今日、ガイの誕生日でさぁ。何かプレゼントしようって考えて思い付いたのが、アルビオールの運転なんだよ」
「なるほど……」
 柔らかい色合いの金髪の青年の趣味を考えれば、これ以上のプレゼントはないだろう。
 世界にたった二つしかない空を駆る乗り物――その片割れ・アルビオール。音機関好きにとって、夢のまた夢の機械。
 いつも世話になっている彼の為に一日くらい譲ってもいいだろう。
「わかりました」
「いいのか?」
「ガイさんの誕生日ですから、特別です」
「そっか……ありがと、ノエル」
 フワリとルークが、幼い笑顔で微笑んだ。つられたように、ノエルも笑う。
「で、どうしようか。下りてくれとは頼んだけど、何するか決めてないんだけど」
「じゃあ、のんびりしませんか?」
 困った様な表情のルークに、ノエルが提案をする。
 ノエルにも、特に何処かに行きたいと言うのがないのだ。目的もなく街をふらつくよりかは、広い所でのんびり息を抜きたい。
 アルビオールの操縦桿を握っている間は息が抜けないから。
「のんびりか……この先に広い草原があるって話だから、そこ行こうか」
「はい」
 二人で並んで歩き出す。
 街の喧騒が遠ざかり、代わりに心地よい静けさが辺りに広がる。聞こえるのは、鳥の鳴き声と渡る風が揺らす草の音だけ。長閑で落ち着く、静かな場所。
「静かだなぁ」
「そうですね。静かで落ち着きます」
 風に遊ばれる髪を押さえながら、ノエルがフフッと小さく笑った。
 吹く風が心地よい。たまにはアルビオールから下りるのも良いかも知れない。
「それにしても、本当に何もないよな」
 広がる草原には人一人見えない。人と言わず、動物も建造物も何一つ。
「……」
 おもむろにルークが草原に横たわった。一瞬の間の後、ノエルも同じように草原にたわる。
 見上げる空は青く冴え渡り、雲一つ見えない。その空を、見慣れた機体が悠々と横切っていく。
「あ」
「アルビオール……」
 操縦桿を握る青年の気持ちを反映してか、空を横切るその姿がウキウキして見える。
「……楽しそうだな、ガイの奴」
「そうですね」
「なんつーか、水を得た魚状態つーか……流石、音機関キング」
「なんですか、その呼び名」
「実はこの間、ケセドニアでさぁ……」
 ルークの語る話に、ノエルが静かに耳を傾けた。
 至極穏やかに時が過ぎ去っていく。
 急ぎの旅路の中、たまにはのんびりする日があってもいいかも知れない――焦っても、よい結果は出ないだろうから。
「ルークさん」
「ん?」
 名前を呼ばれたルークが、ノエルに視線を向ける。
「また……一緒にのんびりしましょうね」
「そうだなっ!」
 ルークの返答に、ノエルが小さく笑った。
 約束は叶わないだろうとウスウス気付いてる。それでも、もしもがあるのなら。君と一緒に、穏やかな時を過ごそう。

Tales of the Abyss:ルクノエ。
運転前にノエルが一通り教えこみました。ガイなら飲みこみ早いだろう……多分。