眠れない夜に

 物音一つしない、静かな夜だった。
 シーンとした静寂の中、キィッと言う微かな音をアニスが拾ったのは本当に、たまたまだった。
 音の発生源はすぐ隣の部屋――すなわち、軍属の人間だとか、使用人だとか、聖獣と呼ばれる一族の子供だとか、見た目と違って幼い子供だとかが寝ている部屋だ。
((大佐かな……))
 微笑んでいるように見えて、赤い目だけが微笑んでいない大佐を思い出す。あの大佐ならこんな時間に部屋に戻ったり、出て行ったりをしても何らおかしくも、不思議ではない。だが、上手くは言えないが違う気がした。
 大佐ではなく、他の――柔らかな緋の色の髪を持つ青年のような気が。
((あぁ、もう!))
 無視して眠る事も出来たが、気になって仕方がない。
 温かな寝床を這い出て、枕元に座らせていたトクナガを手に持つ。荷物から上着を出して着込むと、同室の二人を起こさないようにソッと部屋を抜け出した。
 ヒヤリと空気が冷え込んだ廊下を静かに歩く。何処にいるのかわからないが、何となく外にいる気がした。静かに外に続くドアを開ければ、宮殿のすぐ前。ただ静かに、漆黒のカーテンに覆われた空を見上げる青年が居た。
「……眠れないの?」
「アニス……?」
 声をかけると、不思議そうにこちらに視線を向ける。
 何故、此処にいるのかが解らないと言う表情をしている。小さく溜め息を吐いてから、立つ青年の手を掴んだ。
「何か、悪い夢でも見たんでしょ?」
「…………言わない」
 問えば、ルークは困ったように微笑みを浮かべた。
「どうして? 人に言えば悪夢も薄れるよ」
「言ったらアニス、怒ると思うから」
「あたし?」
 何故、そこで自分の名が出るのか。
 理解出来ず、アニスが首を傾げた。
「たくさんのアニスが追っかけて来るんだぜ? こえーの、なんの」
「……ふーん? ルーク。あんた、この可愛いアニスちゃんが出る夢を悪夢と言う訳ね?」
 嘘だと言うことは明白だった。目の前の青年は、誰よりも嘘を吐く事が下手だから。だけど、本人が言おうとしない事を無理に聞き出す趣味もない。心にもない文句を口に出して、冗談話として終わらせておく。
「仕方ないなぁ、ルーク、こっちきて」
「?」
 掴んだ手を引っ張って、宿の中へと戻っていく。
 かって知ったる宮殿の中と言うべきなのか。見張りに立つ兵士に一言告げて、キッチンへと入る。
「アニス?」
「大人しく其処に立ってて」
 不思議そうに声をかけるルークを入り口付近に立たせて、借りたキッチンでアニスは好き勝手する。
「はい、コレ」
 白いカップをアニスがルークに手渡した。
 フワリとカップから漂うのは牛乳と蜂蜜の甘い、甘い匂い。
「……牛乳? 嫌い……」
「いいから、飲む。そんな事言ってるから大佐やガイに負けてるんだよ、身長。その内、アッシュにだって負けるよ」
「うー……」
「眠れない時はホットミルクが良いんだよ。何か色々と効果があった。詳しい事は大佐に聞くと良いよ」
「……ありがと、アニス」
「それ飲んだら寝てよ? 前衛が睡眠不足だとアニスちゃんが大変だからね」
「わかった」
 小さく微笑んでから、甘い香りを漂わすカップに口を付ける。
 ほんのりと温かな液体が冷えていた体を中から温める。これなら、ベットに戻れば眠れそうだった。
 夢も見ずに、グッスリと。

Web Crap Rog:Tales of the Abyss(アニス+ルーク)
いつから居たのかも記憶にないくらい頑張ってくれていました。飲み物がテーマで「ホッとミルク」