一片の後悔と決意と

 海と空の境界線が見える場所だった。
 吹く風は海沿いと言う事で塩の匂いを含み、時折、強い風が辺りを通り過ぎていった。
 肩口まで伸ばされた不揃いの金色の髪が、風に踊った。追いかけるように手にしていた花の花弁も宙を舞う。
「ミルハウスト?」
 呼ばれる声に後ろを振り返った。
 長く波打つ金色の髪の少女と、薄水色の髪を後ろでみつあみにした青年が寄り添いあって立っている。その手には、可憐な花を束ねた花束。
「久しぶりだな、ヴェイグ、クレアさん」
 固く結ばれていた口元に、柔らかい笑みが浮かぶ。
 軽く会釈をして、二人はミルハウストに近付いた。
「忙しかったそうだな」
「あぁ、忙しかったよ。再誕の旅は終わったとは言え、未だ胸の奥深くに根付く種族差別は消えない。あちらこちらで少数とは言え、小さな小競り合いが起こるよ」
「大変だな、将軍も」
「慣れたよ」
 ヴェイグのセリフに、苦笑を浮かべる。そして思いだしたように、ヴェイグとクレアの顔を見る。
「そう言えば…結婚したそうだな。連絡が入っていた。遅れたが、結婚おめでとう」
「ありがとう」
「有難う御座います」
 贈られた祝辞の言葉に、ヴェイグとクレアが幸せそうに微笑んだ。その様子を目を細めて、ミルハウストが見つめる。
「………もし」
 ポツリ、と零した言葉に、ヴェイグとクレアはミルハウストに視線を送った。
「もし、私が気持ちを伝えていたら、陛下は……アガ−テは今も生きて、私の隣に居たのだろうか…」
「ミルハウスト?」
「考えてしまう。私が伝えていたら、こんな事にはならなかったのではないか、と」
 言葉を重ねる毎に、ミルハウストの眉間にシワが寄り、苦しげな表情を見せる。
「そうかもしれません。でも、未来って言うのは、過去の様々な出来事や選択が重なって成るものです。決して、それだけが今の現状を作った原因じゃないと思います」
「だが……」
「確かに。あんたが伝えていれば、アガ−テはジルバに漬け込まれる事はなかっただろう。だけど、ジルバは狡賢い。結局は同じになったんじゃないか?」
 淡々とヴェイグが言葉を紡ぐ。
 時折吹く風に、三人の髪が踊る。
「……そうなのだろうか」
「ヒトは間違える生き物です。誰かが何かを間違える。間違えないヒトなんていない」
 ポツリと呟いた言葉は、静かに場に落ちる。
「でも、間違えた時、やり直せるのもヒトです。過去を悔やんでも何も始まりません。大切なのは、過去ではなく未来です。アガ−テ様に託されたこの国を、ミルハウストさんは率いて守っていかなくちゃ」
 言って、クレアが晴れやかに笑った。
「そうだな……過去を悔やんでいても始まらない。陛下に託されたこの国の未来を、作っていかねばな」
 吹っ切れたように薄く笑って、ミルハウストが踵を返した。
「行くのか?」
「あぁ。まだやる事は沢山あるからな」
「そうか」
「君達は?」
 問われた言葉に、ヴェイグとクレアが顔を見合わせた。
「どうするんだ?」
「今日中にス−ルズに帰るのは無理ですから。バルカに一泊する予定です」
 小首を傾げて、クレアが笑った。
「なら、城にも寄っていくと良い。誰が居る訳でもないが……時折、ユ−ジ−ンとマオが顔を見せに来る」
「まだ旅してるんだったな…あの二人は」
「あぁ。色々と報告してくれるよ。まぁ、気が向いた時でも良い」
「あぁ、そうする」
 ヴェイグの返答を聞いて、ミルハウストが満足そうに笑った。そしてそのまま、道を進んでいく。
 後方で、カサリと花束を置く音が聞こえた。

 忘れる訳じゃない。
 気持ちを伝えていれば、と言う後悔も消える訳じゃない。今後もずっと、この胸の奥で悔やみ続ける事だろう。
 だけれども、アガ−テが託したこの世界をより良いものにする為に、今はただ前を見据えて。

 ―――後ろを振り返るのは、止める。

Tales of Rebirth:ヴェイクレ+ミルハウスト。
若干、ミルアガ風味でもある。しかし、ミルハウスト、こんなに後ろ向きになるかな……。