パラパラと傘を使って雨が奏でる音が、耳朶を打った。
生憎の雨模様で練習が出来ないのが残念だが、気に入っている傘を使えるのはとても嬉しい。
踊りだしそうなくらいに軽やかなステップで、桜乃は校門へと向かう。
「竜崎?」
「―――え」
雨の中でもハッキリと聞き取れた声に振り向けば、其処に立っていたのは桜乃の憧れでもあり、淡い想いを寄せる相手――リョーマで。
知らず、胸がドキンと一つ、脈打つ。
「リョーマ君……」
「随分と機嫌が良いんだね」
「え?」
「踊りだしそうだったよ」
「あ……」
リョーマに言われて、桜乃が顔を赤くする。
確かに、そんな感じではあっただろうが。リョーマに見られていたとは露ほども気付かず。恥ずかしい事この上ない。
「み…見てたの!?」
「たまたまね」
「〜〜〜〜〜っ」
ますます顔を赤くする桜乃に、リョーマがニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
恥ずかしさに居た堪れなくなり、桜乃が音がしそうなくらい勢い良く、クルリと踵を返す。勢いで水が飛び散り、靴下が一部濡れたが気にしていられない。
「あ、竜崎!」
パシャパシャと雨の中を走り寄って来る音が響いて、間を置かずにグイッと傘を引っ張られる。
「俺、傘ないんだよね」
そう告げられて意味が掴めない程、桜乃は鈍くはなく。
未だ気恥ずかしかったが、このまま放って帰ることも桜乃には出来ず。傘を持ち上げて、リョーマの上に傘を翳す。
「どうも」
「今日って雨降るって予報が出てたと思うんだけど」
「みたいだね」
「……寝坊した?」
「…………」
沈黙は肯定の意で。
自分の予想が外れていなかった事に桜乃が小さく苦笑を漏らす。
「今日、練習は?」
「休み。雨じゃ出来ないからね。そっちも?」
「うん」
パシャリパシャリと水溜りを踏みしめながら、交わすのは他愛のない会話ばかりで。でも、その他愛のない話が何よりも楽しくて。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎていき、突然、リョーマが立ち止まった。
「リョーマ君?」
「ここまででいいよ」
「え?」
リョーマが立ち止まった場所は、桜乃とリョーマの家への分かれ道。その場所からどちらの家に近いかと言えば、桜乃の家の方が近い。
「じゃ、これ」
「竜崎?」
「家、近いから」
リョーマに傘を手渡して、雨の中を桜乃は駆け出す。
「竜崎!?」
「じゃあね、リョーマ君」
追いかけていって手渡すのは容易いが、間違いなく桜乃は受け取らないであろう事が簡単に予想がついて、リョーマが小さく溜め息を落とした。
「竜崎! 何か、お礼するから!」
「……楽しみにしてる!」
リョーマの言葉に、桜乃が満面の笑みを浮かべた。桜乃の姿が見えなくなったのを確認して、リョーマも岐路に着いた。
ある雨の日の話。