永久の約束
「いってらっしゃいませ!」
玄関口の方から、イツ花の元気の良い声が響いた。それと同時に賑やかしい話し声が遠く小さくなってゆく。
「出かけたみたいね」
「僕も早く出かけたいです」
「何を言ってるの。貴方はまずは基礎からですよ」
薙刀を薙ぐ手を止めて八雲が呟く。それを聞き止めて、ジロリと京が八雲を睨みつけた。
「う……わかってます」
ションボリと項垂れながらも止めていた手を再び動かし始める。何だかんだ言っても根は素直な息子に京が小さく笑みを浮かべた。
「何事も基礎を疎かにしたらダメよ。私達には本来、そんな事を言っている余裕はないんだけれど……」
長い時間をかけてゆっくりと体に覚えさせるのが一番効果的なのは知っている。けれど、京には……京の一族にはその時間的余裕がない。
京の母で初代当主でもあった慧が幼子の時にかけられた呪は二つ。
“短命”と“種絶”。
その二つの呪は強力で、京の一族は僅か二年程度しか生きられない。京の母も、兄も二年に満たない内に寿命を迎えて死んでいった。
京の天寿ももうすぐだ。おそらく、この二月が最初で最後の親子の触れ合いとなる。たった二月だけの親子の触れ合いを寂しいと思った事はない。中には子供の顔を見る事無く寿命を迎える者すらいるのだ。それに比べれば、触れ合い、自分の持つ全てを教え込む時間があるだけ幸せだ。
ただ一つだけ残念なのは、我が子にまでこの呪を背負わせてしまった事か。
親から数えて三代目。
わかっていた事だが、朱点童子を倒すには京も八雲も力が遠く及ばない。これから先も長く、子孫達に二つの呪が受け継がれていくのかと思うと、悔やまれてならない。
「断ち切れなかったわね」
「大丈夫ですよ、母様」
ぼんやりと呟いた京に、八雲が笑いかける。
「母様も僕も、那鶴姉様も蘇芳兄様も、冬久さんも朱点を倒すには遠く及びません。 これから先も子供や孫達に呪が受け継がれる事は悔やまれる事ですけど、いつか必ず朱点を倒すだけの力を持った子が生まれます」
「……」
「どうしようもない事を悔やんだ所で何にもなりません。今出来る精一杯をするしかないんです。この手であれもこれも全てを掴む事なんて出来ないんですから」
「……息子に諭されてるようじゃ、私もまだまだね」
小さな溜息と共に苦笑を零す。
どんなに足掻いても、京に朱点童子は倒す事が出来ない。力不足は遠の昔に分かっていて、今更それを悔やんだ所で何も変わらないし、何にもならない。
京に出来るのは持てる全てを次へと受け継がせる事、ただそれだけだ。だが、それでいいのだろう。何もかもを背負う事なんて出来ないし、全てを自らで成す事も出来ない。いつか一族の誰かが朱点を倒す為の礎の一欠けらに成れれば、それでいい。
「母様は責任感が強すぎるんですよ」
「それは母譲りだからどうしようもないわね」
八雲の言葉に、小さく笑う。
「八雲、約束してちょうだい」
「何をですか?」
「絶対に諦めないって。貴方も、何時か貴方が授かるであろう子も、私や鷹也兄様、母様の想いと悲願を背負ってる。代が重なる毎に重くなっていくでしょう。投げ出したくなる時だってあるでしょう。けど、決して諦めないで。諦めたら全てが其処で終わりだもの」
真っ直ぐに八雲を見据えて、京が語る。
諦めなければ何処まででも続くが、諦めたらそこで全てが終りだ。
「大丈夫です。諦めたりしません。朱点童子を倒す事は僕の夢でもありますから。いつか来る日を夢見て、僕に出来る事をするだけです」
何処か子供らしい笑みを浮かべて、八雲が破顔する。それを受け止めて、京も笑った。
悲願果たすその日まで、親から子へと受け継がれてゆく約束。
それが叶う日は未だ遠く、果てない。
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俺の屍を越えてゆけ :: 京+八雲。
三代目当主とその息子です。二人ともどちらかと言うと責任感が強いのでこんな会話に。
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