希望の光


 ふうわり、と。
 彼の黒衣の美人と同じ作りの整った顔に彼が絶対に浮かべないであろう笑みを浮かべた。

「……ナル?」

 麻衣の口から紡がれる名にほんの少しだけ、ジーンが笑顔を曇らせる。
 自分がナルの――世界にたった一人の片割れの振りをしているから。麻衣が自分と言う存在を知らないから。
 彼女にとっては現実のナルも、夢の中であう自分も“渋谷 一也”と名乗る同一人物でしかない。
 それは仕方のない事だとわかってはいるのだが……それでも落胆は隠せない。自分とナルは姿は似ていても別個の人間なのだから。

「どうか……したの?」
「……何でもないよ。見てごらん、麻衣」

 心配そうに見上げてくる麻衣に綺麗で何処か寂しげな笑顔を浮かべて見せ、黒に彩られた足元を指差す。
 ――ナルとは別の人として見て欲しいと願いながら、それでも自分はナルの振りをして麻衣を欺いて、導いていく。
 何と、矛盾した想いだろうか。
 結局のところ自分はナルとして見られても、自分自身として見られても、どちらでも構わないのだろう。死した自分に「個」は要らない。あっても何時か、闇に、世界に同化してまた新しい「個」として生まれ変わるだけなのだから。
 だけど――否、だからこそ。
 わかりにくい何処までも不器用な優しさを持つ双子の弟に何かをしてやりたいのだ。消えてしまう前に「兄」として何かを。
 最初の麻衣が通う高校で起こった怪奇な事件。
 あの時、見た目に怯まず……むしろ、目が笑っていないことを見抜き、ナルを胡散臭いと思った麻衣に光を見た気がした。
 きっと、彼女はナルを支えて、変えてくれる人になるだろうと。有り得ない願いのような確信を得たのだ。
 今は自分とナルの区別がつかなくとも、何時か必ず区別がつくようになるだろう。その時は恐らく、ナルが秘める秘密が全て白日の下に晒され、そして――――自分は見つかり、彼女の淡い想いは痛みを伴い過去の物となる事だろう。

「―――――僕はね、君に光を見たんだよ」
「え……何か言った、ナル?」

 振り返った麻衣に、ゆるりと頭を振る。
 不器用な弟を理解して、救ってくれるだろうと言う希望の光はジーンの身勝手な願いだ。ナルは間違いなく必要ないと拒否して、撥ね付けるだろう……麻衣の想いもジーンの願いも。
 まるで冷たい氷山のように鋭利な態度と言葉に傷つく事もあるだろう。泣く事もあるだろう。それでも負けずに、彼を救う光になって欲しいのだ。彼の「兄」と言う立場で願う身勝手で酷いエゴなのは十分理解してはいるが。

「――――そろそろ事が動く」
「ナル、あれが……?」
「そう、呪いの正体。危険だから、近付かない事――いいね?」
「う……うん」

 麻衣が頷いたのを確認すると同時に、スゥッと暗闇が白み始める。白み始めた闇に同化して、麻衣の姿が薄れ行く。
 その姿を見送りつつ、ポツリと願い、乞う。

「……光になって欲しい」

 ――――彼を救う、希望の光に。
 麻衣になら、きっと慣れると思うから。


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 麻衣+ジーン。
 デイビスさん兄弟は互いにブラコン(とは違うけど)だと思います。
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