風邪引きさんと桃


 ペタリと手を置いた先の額は、未だ熱を持って熱かった。この調子だと当分、熱は下がりそうもない。
 出していた腕を布団の中に戻して、雛森が一つ、溜め息を落した。
 久々に重なった休みを利用して甘い物が嫌いな日番谷を伴って新しい甘味処へ行く予定が立っていたと言うのに。
 楽しみにしていたと言うのに、生憎な事に朝起きてみれば、体温が高く、頭がフラフラして、起き上がるのも億劫な状態になっていた。
 何処からどう、誰が見ても風邪を引いた状態である。

「……困ったなぁ」

 天井を見上げて、ポツリと呟く。
 約束の時間は近い。が、布団から状態を起こすだけでフラフラするのだ。とてもじゃないが、今日は無理になった、と日番谷に伝えにいけない。
 今日は休暇で、雛森が出かける事を知っているから、誰かが訪ねてくる可能性も低く伝言を頼む事も出来ない。
 どうしよう、と考えている間にも時間は刻一刻と過ぎていっている。

「―――仕方ない」

 フラリフラリとする身体に鞭を打って、傍にあったものを掴みながらも布団から起き上がる。
 ノロノロと寝着を脱いで、死覇装へ袖を通す。帯を結んで、流石に面倒なので髪は纏めず下ろしたままだ。

「可笑しい所、無いよね。……良しっ」

 一通り自分の姿を確認して、一つ、深く頷く。
 壁を伝って、入り口まで歩いていく。足に力が入らず、身体が鈍い。入り口までの短い筈の距離が異様に長く感じる。
 更に一歩、と足を踏み出した時に、足から力が抜けた。ガクンッとバランスを崩して前方に倒れこむ。
 ガシッ、と。
 バランスを崩して倒れかけた身体を、地面と激突寸での所で止めたのは、待ち合わせをしている相手だった。
 熱の所為でボ−ッとしたまま、日番谷を見返す。

「………ひつがやくん?」
「来るのが遅いから見に来てみれば……お前、こんな熱で出かけようとすんな」

 何時も以上に眉間にシワを寄せて、日番谷が低い声で雛森を諭す。

「…行けなくなったって言わなくちゃって思ったの」
「そんな事気にすんな」

 平素より熱い身体を支えながら、引きっぱなしで放置されていた布団の元へと向かう。流石に、死覇装を脱がす訳にもいかず、着替えて寝とけ、と言い聞かせて、部屋を後にする。
 日番谷が部屋を出て行くのを見送ってから、再びノロノロとした動作で死覇装から寝着へと着替えて、布団に寝転がる。
 雛森が布団に寝転がったちょうどその時に部屋に戻ってきた日番谷の手には、ガラスの器があった。その器の中には淡いクリ−ム色の皮で覆われた丸い桃が数個と、包丁も見える。

「……桃?」
「ちょうど貰ったんだよ」

 後ろ手に扉を閉めて、大またに雛森の下に歩み寄る。
 ドカッと腰を下ろして、桃の皮を向き始める。フワリ、と甘い桃の香りが部屋に漂う。

「良い匂いだね」
「ちょうど食べ頃だな」

 話しながらも皮を向く手を止めない。向き終わった後は、それを程よい大きさにカットしていく。

「ん」

 手ごろなサイズにカットした桃をフォ−クで刺して、雛森の方に差し出す。
 一瞬、目を瞠ってから、手ごろなサイズにカットされた桃を口に含む。自然の程よい甘みが口の中に広がった。

「……美味しい」
「そりゃ良かったな」

 次の桃にフォ−クを突き刺しながら、日番谷が淡々と対応する。

「さっさと食って、薬飲んで寝ろ」
「日番谷君、冷たい」
「病人が何言う」
「あ−、分かってないなぁ。病気した時は寂しい気分になって、誰かに傍に居て貰いたいんだよ」
「…………分かった。お前が寝るまでは此処にいてやる」
「……ありがと」

 フワリと笑んで、二つ目の桃を頬張る。再び、フワリと口の中に広がる桃の味に笑みが浮かぶ。
 それを眺めつつ、日番谷が三つ目の桃を差し出す。それを繰り替えすこと数回。すっかり空になった皿を脇に置いて、水の入ったコップと薬の包みを手渡す。

「……苦そう」
「良薬は口に苦いって言うだろ」
「言うけど〜」

 薬の入った包みを半ば睨むだけで、一向に飲む気配を見せない雛森に、日番谷が笑んで声をかける。

「口移しで飲ませるぞ?」

 サラリと言われた言葉を頭の中で反芻する事、数秒。
 言われた意味を理解するに至って、雛森が顔を真っ赤に染め上げた。

「え……えええええええええ遠慮しますっ!!」
「ならさっさと飲め」
「はい〜」

 予想通り苦かった薬を無理矢理、嚥下して布団に再び横になる。睡魔はすぐに忍び寄り、たちまち取り込まれる。
 ス−ッと規則正しい寝息が聞こえてき始めたのを確認して、残りの桃の皮を向く事に意識を集中させた。


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 BLEACH 日雛。
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