それは揺らぐ灯火にも似た


 漆黒に彩られた石廊に、乾いた足音が響く。
 思ったよりも大きく響いた足音に少女が歩みを止めて、後ろを振り返った。
 シンと静まり返った石廊に人の姿は勿論、気配も影もない。ただ、まるで全てが死に絶えてしまったかの様な静寂があるだけ。

((……静か))

 静かなのは、夜が遅い所為だ。
 皆が寝静まり、昼間ならあるザワメキや喧騒が絶えたから。だが、人が少ない事も影響しているだろう。
 本来なら城内、城外を警備しなければならない兵のほとんどが国境に近い場所に配置されていていないから、静まり返っているのだ。
 魔導師達の突然の宣戦布告から始まった戦は争いの炎を拡大させつつある。沢山の国が魔導師達に滅ぼされたと風の噂で耳にした。
 近い将来、この国にも魔導師達はその手を伸ばしてくるだろう。
 穏やかで未だ平和なこの国は戦火の中心となり、沢山の命が奪われる事になる。草木は枯れ、廃墟と化した街と荒れ果てた大地だけがある国となるだろう。
 どうして。
 どうして、人は争わずにはいられないのだろうか。
 どうして、放っておいてくれないのだろうか。
 ただ、小さな平穏を大切にして、日々を送りたいだけなのに。

「――姫?」

 低く落ち着きのある声音が、少女を呼ぶ。
 ガッシリとした体躯、目深に被った兜、優しい光を称えた瞳……見慣れた青年――青年と称して良いのか悩む所だが――の姿を見止めて、少女が青年に向き直る。

「そのような場所で、一体何を?」
「……眠れなくて、少し夜風にあたりに」
「風邪を引きますよ、そんな薄着で」
「大丈夫……大丈夫です」

 気遣っての言葉に、少女が小さく小さく、口元に笑みを刻む。
 向けられる気遣いが嬉しい。
 暗闇に仄かな灯を灯す様に、ぼんやりと緩やかに、心に名も知れぬ何かが灯ってゆく。

「楽観視は良くない。部屋まで送ろう」
「一人で帰れますから」
「部屋に戻らず、何処かに行きかねない」
「…………」

 青年――オーディンの溜め息を混ぜた呟きに、少女が困った様に笑う。
 物心つくよりも前から付き合いがある目の前の相手は、少女の行動パターンを熟知していて流石に鋭い。

「……大人しく部屋に戻りますから」
「送る」
「だから……」
「送る」
「…」
「…」
「……わかりました」

 顔を見合わせての沈黙。
 短い沈黙の後に、降参の白旗を上げたのは少女の方で。
 渋々ながらも送られる事を了承した少女の姿に、オーディンが口元に微かな笑みを浮かべてみせた。
 ――薄暗い石廊で、少女がそれに気付く事はなかったのだが。


 ◆


 シンプルだが品の良いドレスが、少女の歩みに合わせてフワリと揺れた。その横では漆黒のマントが同じようにオーディンの歩みに合わせて揺れる。
 静かだが心地よい沈黙を破って、少女が口を開いた。

「……戦火は如何ですか?」
「……」
「……」
「……あまり、良くないのですね」

 彼の沈黙は答えを返したのと同義。
 ならばやはり、戦火は良くなってないようだ。今は遠くとも、この国が巻き込まれるのは間違いなく。そしてソレは時間の問題だろう。

「……魔導師達は何故、こんな事をするのでしょうか」

 争い起きぬ平和こそ、一番ではないのか。
 人を弑し、平和を乱し、国を滅ぼし、一体何になるのだろうか。彼らに何の特があるのか。

「――――世界には争いの中にしか、己を見出だせない者もいます。平和を乱したいのではなく、己を確認したいだけなのかも知れません。……無論、魔術師達がそれに当てはまるかは不明ですが」
「己を確認……」

 オーディンの言葉を小さく反芻する。
 世界は広い。
 探せば争いの中でしか己を、生まれた意味を見出せない者もいるのだろう。……平和主義である少女にはいまいちピンと来ない考え方ではあるが。

「姫」
「はい」
「この国は護ります。この国には恩がある」

 突然の言葉に少女が目を丸くし、次いで笑みを浮かべる。

「……ありがとうございます、オーディン様」
「部屋につきましたね」
「わざわざ送って頂いて、有難う御座いました。お休みなさい」
「良い夢を」

 再びオーディンの口元を彩った笑みに今度は気付く。
 決しておおっぴらにならない彼の優しさに似た柔らかくて優しい笑みに、心の奥底がドキンと小さく脈打つ。
 踵を返して闇に同化してゆく姿を見送って、少女が同じように小さく、小さく口元に笑みを浮かべた。
 それはとても、とても。
 少しの風に揺らいで消えそうな蝋燭の灯火の様に、淡く儚い名も無き想い。
 何処までも不鮮明で、彼女自身も明確な名を付けかねていた想い。その想いを「恋」と呼んでいいものか少女にはわかりかねるが、確かに彼に何かしらの思慕を寄せていて。
 この戦火が落ち着いたら何時か、彼の人に伝えよう、この気持ちを。それまで胸の奥底で大切に大切に育もうではないか。

 ――――それは戦火が国を覆うほんの少し前の、小さくて温かな幸せの物語。


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Final FantasyVI :: オーディン←姫
全てが捏造の上に成り立ってる、ある意味オリジナルに近い話です。でも好きなのです、この二人が。

2007.10.13  ラスト辺りをちょっと改稿しました。
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