辞書


 ドタバタドタバタドタバタ。
 勢いよく立てられる足音に、読んでいた本から視線を上げて小さく溜め息を吐いた。
 “家の中を走るな”
 “仮にも魔術師なのだから、らしくしろ”
 口をすっぱくして、それこそ耳にタコが出来るくらいに。彼女には言い聞かせてきたつもりだったのだが、全く意味がなかったようだ。
 唯一の弟子にする相手を間違えたのではないだろうか、自分は。もしかしなくとも。
 そんな師の心の内を、弟子は知らず。
 扉を壊すつもりなのかと思うくらい、力任せに開かれた入り口に姿を見せたのは無論、件の弟子で。
 下手しなくとも凶器になるであろう分厚い魔導書を片手に肩で息をしている弟子を、マハードは静かな視線で見据えた。

「何の用だ? マナ」
「お師匠様、あのね」

 息が整うや否や、ガバリと顔を上げて手にしていた魔導書を開く。

「ここの意味がわかんないんです、お師匠様」
「……………………マナ。私は辞書ではないんだが?」
「何を当たり前の事を」
「少しは自分で調べるという事をだな」
「辞書なんて開いたら寝ちゃうもん」
「……それはそれで問題だ、この馬鹿弟子が」
「調べるよりお師匠様に聞いた方が早いし」
「…………」

 それはつまり、辞書扱いしているのと同義ではないだろうか。
 仮にも王国と王を守護する六神官の一人。確かに、目の前の弟子よりかは詳しいだろうが、だからと言ってこちらに聞いていては勉強にならないのだが。
 自ら学んで覚えるようにと課題を出している筈なのだが、わからないとすぐ聞きに来ていては何もならない。わからないならわからないなりに。辞書でも他の魔導書でも何でも開いて調べて、それでもわからなかった時だけにして貰いたいものだ。

「マナ」

 低く響いたその声に、開いた箇所の文を辿っていた弟子の指がビクリと揺れた。
 ギギギとまるで固まってしまったかのようにゆっくりと恐る恐る振り返る弟子に、ニコリと笑って見せる。

「どうやら説教の量を増やす必要があるみたいですね?」
「い……いやぁ、そんな……全くそんな必要は……」

 ゆるやかに問うてくる師の姿に不穏な物を感じ取ったのか、どもりながらもマナが低調にお断りを申し上げる。
 が、そんな事でお断り出来る筈もなく。
 今日も今日とて、弟子の上には師の怒りの雷が落ちたのである。


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遊戯王 マハード+マナ。
BM+BMGでも可だったのですがここは古代Verで。遊戯王ではこの二人が最愛。
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