湖畔
緩やかで心地よい風が、髪をさらって通り過ぎてゆく。
風に吹かれてさざめくトラン湖に威風堂々とそびえるヨイヤミ城を指さして、ナナミがヨイヤを振り返った。
「あれがヨイヤさん達が使ってたお城?」
「そうだよ」
ナナミが指さした岩――もとい城を一瞥してから、ヨイヤが肯定を返す。
「湖上のお城って攻めるの大変そうよねぇ」
「まぁ、攻め難いのは確かだと思うけど……」
水と言う障害故に、数に物言わす戦法は取りにくい。が、決して攻めて落とせない訳でもない。
「代わりに、籠城戦に持ち込まれたら不利だよ」
「あ、確かに。物資切れたら大変ね」
「船を接岸出来る所を全て押さえられたら、身動き出来ないしね」
小型とは言え、船は船。
船が接岸出来る町など数える程しかない。それら全てを押さえられていたら、3年前の戦争の結果は変わっていたかも知れない。
「やっぱ悪い所もあるのね」
「もちろん。攻めるポイントのない城なんかあったら、城を手に入れた者勝ちだよ」
「そうねぇ」
自分達が手に入れた場合は問題ないが、反勢力が手に入れた場合は非常に困る。勝てる戦も勝てなくなってしまうだろうから。
「まぁ、戦争なんて城で戦う訳じゃないから、良かろうが悪かろうがあんまり関係ないけどね」
「……そう言うものなの?」
「そう言うもの。堕とされる時は堕とされる物だよ、城なんてね」
クスッとヨイヤが笑う。
納得いかないと言う表情で、ナナミが首を傾げる。
「うーん……何か納得いかないけど、まぁいいか。そう言えば、あのお城の名前って何なんですか?」
「聞いた事ない?」
「あんまり興味なかったの」
正直なナナミの言葉に、ヨイヤがクスクスと声を上げて笑う。
確かにハイランドの山奥の小さな町で育ったナナミが知らなくても不思議じゃないと言えば、不思議じゃないような気がしないでもない。
「ヨイヤミ城だよ」
「……何か、これから帝国と戦おうって言う人達の本拠地にしては幸先悪そうな……」
「ほんの冗談だったんだけど、いい名前だって誉められて冗談って言い難くなってね」
肩をすくめて、ヨイヤが溜め息と共に言葉を吐きだす。
「あははは……」
「誰か何か言ってくれると思ってたんだけど」
「当てが外れたんだ?」
「そう」
“困ったね、あれは”と呟くヨイヤに、ナナミが笑いかける。
「その点、解放軍の城の名前は良いよね。夜が明ける意味を持つ名前なんだから」
「軍も同じだよ。夜が明ける意味持ってるの」
「そう」
「絶対に戦争終わらせるんだって決意を込めたみたい、城と軍の名前に」
「あぁ、だから」
「そうなの。同盟軍主になったのは成り行きだったけど、アカツキはアカツキで色々考えてるみたいで。……なんだか置いていかれた気分」
ナナミのセリフにヨイヤが小さく笑う。
置いていかれるなんてありえる筈がない。
戦争を終わらせると言う決意さえ疑いようもなくナナミと親友の為に違いないのだから。彼を動かす全ての根源にはこの少女が関わっている。
だから、置いていかれるなんてありえないのだ。
それを告げようと口を開きかけた瞬間、一陣の強い風が眼前で渦巻いた。
「この状況下で何してんのさ。しかも、こんな場所で」
不機嫌極まりない声と共に姿を現したのは、淡い緑色の服に身を包んだ性格と口の悪い毒舌家の少年で。
「ルック君!」
「やぁ」
「全く、あんたの姿が見えないってあの馬鹿が大騒ぎ。あいつの世界なんてあんた中心に廻ってるんだからちゃんと管理しなよね」
「管理って……」
あまりにあまりな言い様にヨイヤが腹を抱えて笑い始める。文字通り、大爆笑だ。一方のナナミはあまりな言い様に困ったような表情を浮かべている。
「ご……ごめんね、ルック君」
「全く何で僕がこんな事……とにかく、さっさと戻ってきなよね」
それだけ言い残して、ルックの姿が眼前から消える。
消える瞬間にルックが起こした風が、ナナミとヨイヤの髪を揺らし、トラン湖の水面に波紋を描いた。
「あーあ、僕が言おうとした事、ドサクサ紛れしかも本人無意識に言われちゃった」
「え?」
「ルックが言ってたろ? アカツキの世界はさ、君とあの親友君を核に出来てるようなもんなんだよ」
「そう……なのかな」
「少なくとも周りからみたらそう。だから置いていかれるなんてありえないから心配しないように」
「…………ありがとう、ヨイヤさん」
「どう致しまして。何だかルックの二番煎じだけどね。さ、帰ろうか」
「うん」
差し出された手を取って、ナナミが立ち上がった。
緩やかな風がもう一度、水面に波紋を描いて通り過ぎていった。
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幻想水滸伝2 :: ナナミ+ヨイヤ+ルック。
ちなみに軍と城は黎明軍、東雲城。どちらも夜が明けていく様を表した言葉です。
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