歌の満ちる世界


 賛美歌のような……否、賛美歌と呼ぶには物悲しいメロディが紡がれる。
 それはまるで戦いで散った者へ捧げる鎮魂歌。誰もその意味と理由を知らない捧げ歌。
 真新しい墓の前に佇み、静かに歌を紡ぐ少女をサーフはぼんやりと眺める。
 このジャンクヤードで死を悼むのはこの少女一人くらいのものだろう。自分達にとって死とは日常。新しい掟が定められてからは、強くなる為の糧。決して、悼む為のものではない。
 だが、この少女は悼むのだ。
 己が関わった者の死を。そして死者を想って歌う。何処か物悲しい旋律をひたすらに。

「せっかくセラが歌ってんのに、これじゃあな」

 呟きながら、シエロが空を見上げる。
 高く昇ってゆく歌を邪魔するかのようにドンヨリと暗い雲が空を覆い、歌を落とすかのように銀色の雨は絶えず地面に降り続ける。

「確かに。これじゃあ、雨に紛れてここに戻って来てるようなものね」

 降りしきる雨を手のひらで受け止めながら、アルジラが呟く。

「セラ。歌っても意味がないんじゃないか?」

 歌うのを止め、セラが振り向く。

「どうして?」
「雨に紛れて消されてるだけだ。それに死んだ者に歌った所で意味はない」

 死者は墓の下にはいない。
 サーフ達あるいは敵対したトライブの構成員に喰われて、何も残りはしない。

「別に意味とか理由とか大層なものはないの。雨に紛れて消えても構わない」
「なら何故?」

 意味も理由もなく、何故歌うのか。
 争いが日常のこの世界で、少女の考え方は何処か異質だ。

「何故って言われても……」

 答えに詰まって、苦笑を零す。
 本当に意味も理由も何もないのだ。
 ただ争いで命を落とした者がいて、自分は歌を知っている。それだけ。

「強いて言うなら、自己満足かしら」
「……」
「私には戦う能力はないもの。死者の代わりに戦う事は出来ないから……」

 だから、歌うのかも知れない。
 自己満足と知りながら、死者の為に歌を。それが何の役にも立たないと知っていても。

「ねぇ、サーフ。……雨に紛れて降り注いだら、何時かジャンクヤードは歌で満ちるかしら?」
「歌で?」
「そう」

 歌で満ちる世界。
 この争いが全てのジャンクヤードに何て不似合いな。
 この世界に満ちるのは弱者は強者の糧になる理と血と楽園を目指す為の終わりなき争いだけだ。決して、歌などではないと知っているだろうに。

「何を馬鹿な事を。歌で満ちる? そんな非現実的な事あるわけないだろう」
「あら、何事もやってみないとわからないわ」

 溜め息を吐いたゲイルに向かって、小さく笑って再び歌を紡ぐ。
 世界を満たすべく、あの悲しい祈り歌を。

「……」

 世界が歌で満ちる頃には自分達は数あるトライブの覇者となり、争いのない楽園へと至っているのだろうか。
 この世界が歌で満ちる――そんな有り得ない事が起こる頃には。
 言葉にしない疑問に答える声はなく、ただ細い雨だけが紡がれた歌を巻き込みながら地面に降り続けていた。


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DDSAT :: エンブリオン
血と硝煙と共食いが全ての世界に、不似合いなものを。
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