ブリザ−ド
冷房のお世話になるくらい毎日、暑い日が続くと言うのに。
涼しいどころか、凍えるくらいに冷えた空気を感じたのは決して、彼らの気の所為ではない筈だ。
そして、その凍える冷気の発生源に視線を向けて、猛反省するのは数秒後の話である。
――――見なければ良かった。
後に彼らは口を揃えて、こう告げる。そのくらい、漆黒の麗人の纏う空気は物が切れそうなくらいに冷え切っていた。
何時も通り手にしている分厚い本のペ−ジが捲られる事はなく、端整な口元を恐ろしいほど綺麗な笑みが彩っている。
何も知らない人が見れば、見惚れるほど綺麗な笑みなのだが。知っている人から見れば、恐ろしい事この上ない笑みである。
――こういった表情を浮かべている時のナルは、間違いなく機嫌が悪い。
((………ちょっと! 何でナルはこんなに機嫌が悪いのよ!))
((俺が知るかっ! 来たら既にこうだったんだよ!))
足を踏み入れた出入り口から外れた場所で顔を突き合わせて、囁き合うように事態の判断を始める。
下手に声をかけると、目に見えない毒を持って返される。
((十中八九、原因はあの子でしょうけど。問題の麻衣は何処よ?))
((だから、知らん))
((何処行ったのよ! あの馬鹿娘は!))
「相変らずお暇そうで何よりです。で、何をコソコソとしているんですか?」
絶対零度の声が向けた背中に届く。 ヒヤッ、と背筋に冷たい物が走ったのは、決して気の所為ではないだろう。
諦めと開き直りをして、綾子と滝川がナルの方へと向き直る。
「よ…よぉ、ナル坊。元気そうで何より…………」
「まさか、無駄口叩きに来たんですか? あなた方と違って、僕は暇ではないのですが?」
「いやぁ……ちょ−っと娘に用があったんだけどなぁ…………」
口にした言葉は勢いを無くして行き、最後の方など口の中でボソボソと呟く状態だ。
「生憎と。あの馬鹿は今いませんが?」
「だなぁ…。そりゃ見りゃ解るけどよ………」
「用がないのならお引取り願えませんか?」
「はい」
疑問系と言う形をとってはいるものの、実質命令形なナルの言葉に、滝川が大人しく従う。
ナルに逆らう――――そんなに無謀な事をする者はSPRに関わる人間の中にはいない。
((ちょっと!))
((お前、逆らう勇気と度胸あるか? 今のナル相手に))
((……………ない))
((俺もだ))
コソコソと囁き合い、入ったばかりの扉を開いて、事務所を後にした。
カラランと、ブル−グレイの扉につけられたカウベルの音だけが虚しく事務所に響いた。
次に来た時は機嫌が直っている事を願って――――真夏の太陽が照りつける陽射しへと足を踏み出した。
post script
Ghost Hunt ナル+ぼーさん+綾子。
機嫌が悪い時のナルの元へ偶々行ってしまった哀れなぼうさんと綾子の話。
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