君が望むなら
「そう言えば、歳三さんって句を詠むんですよね?」
「なっ!!」
 何気ない千鶴の一言に、土方が固まった。
 確かに、句を詠む事は土方の趣味だ。だが、何故それを千鶴が知っているのだろうか。千鶴が新選組に来た頃には詠んでいなかった筈だ。
「……何で千鶴が知ってんだ」
 険のある視線を向けられた千鶴が、一歩下がる。
 昔は新選組副長の立場と大きな時代の動乱故に度々見かけた事のある視線だが、それを向けられるのはいつになっても怖い。なまじ整った顔立ちだけに、凄んだ時の迫力は恐ろしいものがあるのだ。
 怯えた表情を浮かべる千鶴に気付いた土方が小さく苦々しげに溜め息を吐いた。
「ワリィ。千鶴に怒ってんじゃねぇよ」
 小さく苦笑をして千鶴を手招く。
 素直に近寄ってくる少女を抱きしめて、目を閉じた。
「どうせ、総司の野郎が喋ったに決まってるだろうしな」
「……」
 ピッタリと的を射た土方の発言に、千鶴が小さく苦笑を浮かべる。さすが、長年の付き合いがあると感心するべきなのだろうか。
 土方の思う通り、千鶴に土方の趣味を教えたのは沖田だ。
 まだ京にいて、誰一人欠けることのなかった時、内緒話をするかのようにコッソリと沖田が千鶴に耳打ちしてきたのだ。
 その時、沖田が何を考えて千鶴にそれを教えたのかは沖田にしかわからないが、もしかしたら今日この時の為かも知れない。沖田なら微妙にありえる話だ。
 何にせよ、全ては近くて遠い過去の話。
「で、詠まないんですか?」
「……詠まねぇよ。いつかその内、詠むかも知れねぇがな」
「昔詠んだのはないんですか?」
「ねぇよ……てか、やけに興味ありげだな、千鶴」
「そ……そうですか?」
「あぁ。いつもなら既に引いてるぞ」
 そうだろうか、と千鶴は小さく首を傾げる。
 そう言われてみれば、普段はこんなに一つの話題に何度も質問しないかも知れない。
「あ、ごめんなさい……気を悪くしましたか?」
「いや、別に。でも何でそんなに気にしてんだ? そんな上手いもんじゃねぇぞ、俺の句なんて」
「え……っと」
 千鶴が言いよどむ。
 土方の句にも興味はある。だが、何度も問いかけてまで見たがる理由はそれ以外にある。
 出会うより前の土方を、当たり前だが千鶴は全く知らない。出会った以後の土方が千鶴の知る土方の全てだ。それを不満に思っている訳ではないし、過去を知ったところで何になる訳でもないが、やはり出会う前の土方のことも知りたいと思ってしまう。
 知り合う前の土方の詠んだ句を見たら、昔の土方が少しでも見えるんじゃないかなんて、我ながら馬鹿げてるとも思う。
 だけど、それでも。
 一度思い浮かんだ考えは中々、頭を離れてくれない。
「ん? どうした?」
「…………」
 優しく促す土方を見上げながら、千鶴が逡巡する。
 馬鹿な考えだと言う自覚がある為に、口にすることが憚られる。
「千鶴?」
「…………詠んだ句を見れば、少しは昔の歳三さんのことわかるかなーって思って……それで、その」
 言葉の語尾は掠れるように小さくて、土方には最後まで聞こえない。それでも、今までの流れから千鶴が言わんとしたことは薄々察しがつく。
 顔を真っ赤にして目を瞑る千鶴に視線を向けてから、片手で顔を覆って土方は空を仰いだ。
 顔が熱を持っているのが土方本人にもわかる。
 間違いなく、今の土方の顔は真っ赤だろう。かつての新選組副長がたった一人の言葉一つに顔を朱に染めているのだから、情けない限りだ。これでは鬼副長の名が泣く。
 それもこれも全て、千鶴が悪い。
 可愛い表情で、可愛いことを言ったりするから悪いのだ。そう思うことが八つ当たりなのはわかっているが、そうでも思わないと顔が赤いのもひきそうにない。
「歳三さん?」
 恐る恐る、千鶴が声をかける。
 腕の中に閉じ込めて、上を向こうとする千鶴を制する。
「今、こっち見んな」
「え? どうし……え?」
 制止の甲斐もなく、土方を見上げた千鶴がきょとんとした顔を浮かべる。
 千鶴を抱きしめる土方の顔が何故か、赤い。それももの凄く。
「……見んなっつったろうが」
「ご、ごめんなさい。でも、どうしたんですか? 顔、赤いですよ」
「……聞くか、それを」
 呆れたように、土方が溜め息を吐く。
 昔から知ってはいたが、本当に目の前の少女は鈍感だ。それすらも可愛いと思ってしまう辺り、相当だ。
「お前が、可愛いこと言うから悪い!」
「か……可愛いこと?」
 土方の言葉にピンとこない千鶴が首を傾げる。
 土方の顔を赤くするような可愛いことを言った記憶が千鶴にはない。言ったことと言えば、出会う前の土方の事がわかるかも知れないから俳句が見たいくらいのことで。
 つまりはそう言うことだ。
 ようやく土方が顔を赤らめた理由にピンと来て、千鶴も顔を朱に染めてゆく。
「え……えっと」
 互いに顔を赤くしている光景は、はたから見たらさぞかし間抜けに見えたに違いない。
「あー、あれだ。いつかまた詠んでやるよ」
「……はい、楽しみにしてますね」
 顔を逸らしながら、土方が言う。
 土方の言葉に、千鶴がフワリと微笑んだ。


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