例えば、そんな日常
隣から漂うドス黒いオーラに怯えながら、千鶴は横を歩く土方をチラリと伺う。
元が整った顔立ちだけに、機嫌を悪くした時の土方の凄みは冗談じゃなく怖い。おまけのように何やら不穏なオーラまでまとってしまうのだから、怖さの相乗作用まで起こっている。
小さな子供なんか一目で泣いてしまうんじゃないだろうかと、そこまで想像してあまりのハマリ具合に千鶴が小さく笑う。
途端。
「何笑ってんだ、テメェ」
「ご……ごめんなさい」
ジロリと凄みのある目つきで睨まれて、千鶴は慌てて笑みを引っ込める。
とにかく、こんな状態の土方は刺激しないに限る。機嫌の悪いのが千鶴の所為なら尚更だ。
土方が社会人になって既に二年が経過した。社会人と学生の休みは中々合わず、ようやく合った休みで出かけたは良いのだが、先ほどの雑貨店に長時間居座った事で土方の機嫌を損ねてしまったようだ。
マグカップを買って店から出たら、土方は既にあの状態だった。
「何でこんなに長げぇんだよ、買い物が」
「う……だって、仕方ないじゃないですか」
「あぁ? 散々待たせた挙句、仕方ないたぁどう言う了見だ?」
再び、ジロリと睨みつけられる。
出会って、今年で五年目になるが未だ、機嫌が悪い時の土方の凄みに千鶴は慣れない。滅多な事では土方の凄みを向けられないと言うのも関係しているのかも知れないが。
「大体、マグカップはあるだろうが。改めて買う必要はねぇだろう」
チラリと千鶴の手に持たれている袋に視線を向ける。
薄いビニール袋の中に新聞紙で包まれた状態でマグカップが二つ、入っているのだ。これがある意味、土方の機嫌の悪さの原因とも言える。
「それはそうですけど…でも、やっぱり」
「何だ?」
「せっかく、一緒に暮らしだす訳ですし……お揃いとか…………その、あの……」
頬を真っ赤にして、千鶴がボソボソと呟く。対して、土方は言うべき文句を無くしてしまう。
「た……たまには恋人みたいな事してみたいかなーって思って……ですね……」
「……」
付き合いが長いのとそれ以外の要因から二人の間に流れる空気はもはや、恋人同士を通り越して夫婦のようなものだ。それを今更と思わないでもないが。
真っ赤な顔で何処か幸せそうに笑う千鶴が可愛くて、言うつもりだった言葉我全て、頭から吹っ飛んでしまうなんて、どれだけ千鶴にベタ惚れしてるんだろうか、と頭の隅で考える。
とてもではないが、人には見せられない姿だ。特に幼馴染たる青年の前では絶対に。
「あー……」
「土方さん?」
小さく首を傾げて、千鶴が土方を見上げる。
何だか顔が若干、赤く見えるのは千鶴の気の所為なのだろうか。
「どうかしました? 顔が赤いみたいですけど……体調でも悪いんですか?」
「何でそうなるんだ」
「違いました?」
「違う。ほれ、さっさと帰るぞ」
千鶴の手を握って、足早に土方が歩き出す。半ば引きずられるように、千鶴が小走りでその後を追う。
「帰ったら、茶でも入れろ。……そのマグカップでな」
「……はいっ!!」
土方の言葉に、千鶴が満面の笑みを浮かべる。
ヒューヒューと木枯らしが吹く寒い中を、二人連れ立って家へと急いだ。
ある冬の日の、平穏な午後の話。