贈り物
 すっと差し出された物と差し出した人を交互に見やって、千鶴が瞳を瞬かせる。
 肉刺が出来てゴツゴツとしたその無骨な手は、刀を握る武士の手だ。握りしめた刀で今までどれほどの人を助け、またどれほどの人を殺してきたのかを千鶴はよく知らない。
 そんな手のひらに収まった簪は、ひどく華奢に見える。
 丁寧な仕事で仕上げられた美しい朱塗りに、金細工で彩られた花模様。細工の花は桜を模ったものだろうか。繊細な彫りの花に施された金色が朱塗りによく映えていて、ほうと息を吐く。
 差し出された簪は随分と値が張る物だろう。それに正確にどのくらいの値がついていたかはわからないが、安物ではないのは確か。
 そんな高価な品物を斎藤から貰う謂れが無く、千鶴が斎藤を見上げた。
「斎藤さん? どうされたんですか、これ」
「……」
 首を傾げて問いかければ、無言だけが返ってくる。
 はっきりとした物言いをする斎藤には珍しい姿に、千鶴が更に首を傾げた。
 そんな千鶴を前に、斎藤はただ黙ったまま、簪を差し出している。その姿は差し出した手前、手を引く訳にもいかないようにも、かけるべき言葉を探しあぐねている様でもある。
 手を差し出したまま固まる斎藤と、不思議そうな表情のまま斎藤を窺う千鶴。
 傍から見たら随分とおかしな光景に見えるに違いない。
 誰とは言わないが、某組長に見つかればからかわれる事は必至だ。
「えっと……斎藤さん?」
 再度、千鶴が問いかける。
 観念したのか、これでは埒が明かないと踏んだのか。ようやく斎藤が微かな身動ぎを見せ、口を開いた。
「あんたに……」
「え?」
「あんたに、似合いそうだと思って……」
 何処か無愛想にも聞こえる声とは裏腹に、呟いた本人の頬には微かな朱が差している。その表情と差し出された簪を交互に見やり、僅かな間を置いて千鶴が同じように頬に朱を上らせた。
 ――似合いそうだと思って。
 差し出されているのは丁寧な細工の華奢で美しい簪。簡単に手が出せるような値ではないだろうそれは、飾れば神を美しく彩るだろう。
 千鶴とて歴とした年頃の娘だ。贈られて嬉しくない筈がない。それが少なからず何かしらの気持ちを抱いている相手ならば、尚更。
 けれども、それを喜んで受け取る訳にはいかないのもまた、確か。
「えっと……ありがとう、ございます。けど、斎藤さん」
 贈り物は嬉しい。冗談でも嘘偽りでもなく、本当に嬉しい。けれど、千鶴は今、男として新選組に保護されている身だ。
 様々な諸事情を経て新選組で生活する事になった千鶴に厳命されたのは、女である事を隠し男装姿で生活する事だ。
 新選組は紛う事なく男所帯だ。そんな場所に年幼いとは言え、女がいればよからぬ事を企む輩がいるとも知れない。だからこその処置。
 それを新選組副長の懐刀とも言われる斎藤が知らぬ筈はない。
「あんたが男装を貫かねばならない事は知っている。だが、いつまでも続くものではないだろう」
「そ……れはそうですが」
 胸の奥深くがチクリと痛む。
 いつまでも新選組の世話になる事はないだろう。今はこうして何事もなく話していても、情勢と状況一つで明日命が奪われても何ら不思議はない立ち位置に千鶴はいる。
 気にかけてくれる。話し掛けてくれる。心を砕いてくれる。それでも結局のところ、千鶴は異端であり、異物だ。決して、彼らの仲間足りえない。
 既に一年以上の時を共に経ているのだ。向こうがこちらに心を砕いてくれているのと同じように、千鶴とて彼らに様々な情を抱いている。わかってはいても、寂しいと……悲しいと思う気持ちはどうしようも出来ない。
「いつか、元の生活に戻った時にでも使えばいいだろう」
「……」
 彼らはいつか千鶴が元の生活に戻れるように、出来る限り計らってくれるだろう。千鶴が新選組に仇なさず、情勢が許す限りは。
 そこに、彼らと共にすると言う選択肢はない。
「……ありがとう……ございます」
 微かな躊躇いと共に、簪を受け取る。軽い筈のそれを重く感じたのは、胸中に淀む気持ちの所為だろうか。
 気遣いは嬉しい。贈り物も嬉しい。けれど、告げられた言葉はいつか必ず離れる事を示唆されているようで――。
 素直に喜びきれない一抹の気持ちを抱えたまま、千鶴は簪をギュッと握りしめた。

 

蛇足的なおまけ


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