雰囲気的な10のお題 穏

噴水と虹

「……」
 宮殿と軍本部の境目の広場立つ赤い髪の青年に、ジェイドは見覚えが確かにあった。
 視線は宮殿の方に固定されていて、他には向いていない。宮殿の方で目を留める物と言えば、噴き出す水と、流れ落ちる滝と、空に架かる虹、それと宮殿本体。
 一体、どれが幼子の視線を奪ったのやら。検討がつかず、ジェイドが小さく溜め息を吐いた。
「ルーク」
「あ、ジェイド」
「何を見ていたんですか?」
「んー、虹……かなぁ」
「虹……ですか?」
 ルークと同じ方向に視線をやれば、宮殿の少し上空に宮殿に架かる様に七色の橋が架かっている。
 グランコクマは水の都。
 街の至る所に水が流れている故に、虹など珍しくも何ともない。何度もグランコクマに行ったり来たりしている内に、見慣れた物と思っていたのだが、一体何を今更、目を奪われるのだろうか。
「何度も見たでしょう? 何が今更珍しいんですか?」
「前に聞いた話を思い出したんだよ」
「話?」
「虹が地面と接している場所には宝が埋まってるって奴」
「ありますね、そんな話」
「ここに架かってる虹の端っこって、水の中だろ? 水の中に宝が埋まってるのか? 取るの大変だろーなって思って」
「…………は?」
 シミジミと呟くルークの言葉に、ジェイドは思わず間の抜けた呟きを零してしまう。
 虹の麓には宝が埋まっている。
 その御伽噺のような言い伝えを信じている者がいようとは思わなかった。
 まぁ、髪を切って変わると決めた後の彼はどうも人の話を純粋に信じてしまう傾向にある。幼馴染たる女性や元使用人な親友に言われて信じても不思議ではないが。
「ルーク。その話、誰から聞いたんですか?」
「んー? ガイだよ。昔、雨降って虹が出た日に話してくれたのを思い出したんだ、最近」
 幼い笑顔を浮かべて笑うルークに、今度は深々と溜め息を吐いた。
「ルーク。その話は嘘ですよ」
「何が?」
「虹と言うのは太陽の光が空気中の水滴によって屈折して、反射する時に水滴が光を分解して七色に見えるだけです」
「?」
 ハテナマークが頭の上を行進しているように見えたのは決して、ジェイドの気の所為ではなかっただろう。
「簡単に言うと虹が地面に接している部分はありません」
「じゃあ、ガイが話してくれた話は?」
「御伽噺のような物ですよ。虹にまつわる神話の一種です」
「…………っ!!」
 ルークが顔を真っ赤に染め上げていく。
 間違った事をジェイドの前で披露したのが恥ずかしいのだろう。からかわれるのが目に見えているから。
「馬鹿ですねぇ、あなたは」
「〜〜〜〜〜〜〜〜」
 真っ赤にした顔のままで、幾分か高い場所にある笑顔が曲者の軍人を睨みつける。が、そんな睨みがジェイドに通じる筈もなく、サラリと流されてしまう。
「ま、七歳の子供ですからね。信じても不思議ではありませんが」
「子供扱いすんな!」
「いやぁ、七歳はまだまだ子供の域ですよ、ルーク」
「うるせぇ、おっさん!」
 そうやって反論する時点で子供なのだが、ルークがそんな事に気付く筈もなく。また、ジェイドがその事を教える筈もなく。
 その日、何処か爽やかな笑顔――見る人によっては胡散臭い笑顔だが――を浮かべた軍人と、その軍人にギャーギャー喚き散らす赤い髪の青年がグランコクマの宮殿前で見れたとか。