雰囲気的な10のお題 穏

果てしない青

「あーぁ。布団干してくるんだったなー」
 大きく伸びをしつつ、麻衣が呟いた。
 見上げた空には雲一つなく、何処までも広がっていて終わりが見えない果てしない青。太陽の光も強すぎず、弱すぎずで心地よい。布団を干すにはちょうど良い日だ。だからこそ、布団を干して来なかった事が悔しい。
 そんな麻衣の呟きに、少し後ろを歩いていた滝川が苦笑した。
「娘や、ナル坊はいるんだろ? 頼んだらどうだ?」
「駄目駄目。あたしが出掛けたのを幸いに絶対、書斎に閉じこもってる。それに頼んで素直にナルが布団干してくれる訳ないよ。逆に布団干してたら恐くない?」
 小首を傾げて、麻衣が滝川を見上げた。
 全身真っ黒の見目麗しい青年が、不機嫌極めたりと言った表情で布団を干す。想像するだけで恐ろしい……と言うか、そんな光景考えたくも、想像したくもない。
 その結論に至り、滝川が軽く頭を振って思い描きかけた図を振り払う。
「恐いな、それは」
「でしょ?」
 滝川の答えに、我が意を得たりと麻衣が笑う。
「だからあたしが干すしかないんだよねー」
「……どうも話を聞いてると真っ当な恋人同士には思えんな。お前さんら」
「んー、そうかなぁ。でも、仕方ないよ。ナルだもん」
「……ナル坊だもんな」
 シミジミと呟いて、うんうんとお互いに頷く。
 話題に上っている本人に聞かれたら、ブリザードの直撃を食らいそうなセリフだが、幸いにも本人は自宅マンションで本と戯れている。
「んじゃ、さっさと買い物終わらせるか。何買う予定なんだ?」
「えーっとね、お米が切れそうだからお米と……タイムサービス品」
「娘や。お父さんに米持たせる気か?」
「あれ? 一緒に来て娘にお米持たせるんだ?」
 麻衣がにっこりと笑う。
 滝川と麻衣、どちらに軍配が上がったかなど、火を見るより明らか。そもそも、自他共に認める「父親」が「娘」に勝てる筈がないのだ。
「わかった。俺が持てば良い訳ね?」
「ありがと、パパ」
 諦めたように滝川が溜め息を吐き、クスクスと麻衣が笑った。