雰囲気的な10のお題 穏
空白を埋める言葉
静かな闇に包まれたタタル渓谷に、柔らかな歌声が響き、月明かりに輝く白い花びらが舞った。
緩やかな風に舞う髪を押さえながら、少女――ティアは歌を奏で続ける。それは、ローレライを解放して消えていった彼の青年――聖なる焔の光を想って奏でられる歌。彼への思慕を込めた歌。
出会った頃のルークは傲慢で我が儘で無知で。世界の事を何も知らず、知ろうともせず。ただ、ヴァンだけを盲目的に信じていた。そして、利用されて――アクゼリュスを滅ぼした。
信じていた師に裏切られ、街を一つ滅ぼし、自分が“ルーク”でも人でもない事を知って、彼は己の罪も考える事も何もかも全てを拒絶して、殻に閉じこもった。
あぁ、いいところもあると思っていたのに。やはり、彼は傲慢で我が儘で無知でしかなかったのだ。
あの時あの瞬間、確かに私は彼を見限った……自分の事を棚に上げて。後にして思えば、あのアクゼリュスの崩落は彼一人の所為ではないだろう。
無駄だと説明をしなかった私にも、全てを知っていただろうに黙っていた大佐にも、旅に同行した皆に責任がある。勿論、彼自身にも。
だけど、目の前で泥の海に沈んでいく小さな命を守れなかったショックで、結果として彼一人を責めた――まだ実年齢で言えば七歳でしかない彼を。
酷い事をしたと思う。
彼に責められても当然の事。だけど、彼はそれをせず、それどころか変わりたいと願い、それを誓った。
そして、そんな彼を傍で見守って、救われた気がした。人は変われると言う事を身を持って教えてくれた。
何時しか、彼に抱く思いは仲間に対するソレではなく、恋愛感情となっていた。
だけど、世界が救われる為には、彼の命が必要で。彼は死ぬ事を恐れながらも、それを何時かの私のように受け入れて。
そして、世界に溶けて消えた――帰って来ると約束をして。
◆
最後の旋律が、宙に紛れて消えた。
タタル渓谷に沈黙が舞い戻ってくる。緩やかな風は相変わらず、髪をさらって通り過ぎゆく。
あの日から、二年経つ。
二年と言う月日はあっと言う間に流れ去り、彼は相変わらず帰ってこない。やはり、戻って来れないのだろうか。
「……そろそれ戻りましょう。夜の渓谷は危険です」
ジェイドの言葉に、一人、また一人と踵を返していく。最後に踵を返そうとしたティアの動きが、止まった。
強く吹く風になびく髪は、優しく柔らかい焔の赤。
あぁ、彼が、帰って来た。
「…………ルーク?」
「約束したから……帰るって」
「……っ!」
会えなかった二年間。
空っぽな墓の前に立っては言いたい言葉に――想いに――蓋をして、見ない振りをしてきた。
帰って来ないと、思っていたから。もう、会えないと思っていたから。
だけど、今此処に。彼は帰って来た。前よりも大人びた姿で。約束を守って。
ありがとう、ごめんなさい、お帰りなさい、無事で良かった。
そんな言葉だけじゃ足りない。伝えたい言葉は尽きない。たくさん、たくさん、山のようにある。だから、空白を埋める為の言葉を紡ごう。
君と一緒に、何時までも、何時までも。
緩やかな風に舞う髪を押さえながら、少女――ティアは歌を奏で続ける。それは、ローレライを解放して消えていった彼の青年――聖なる焔の光を想って奏でられる歌。彼への思慕を込めた歌。
出会った頃のルークは傲慢で我が儘で無知で。世界の事を何も知らず、知ろうともせず。ただ、ヴァンだけを盲目的に信じていた。そして、利用されて――アクゼリュスを滅ぼした。
信じていた師に裏切られ、街を一つ滅ぼし、自分が“ルーク”でも人でもない事を知って、彼は己の罪も考える事も何もかも全てを拒絶して、殻に閉じこもった。
あぁ、いいところもあると思っていたのに。やはり、彼は傲慢で我が儘で無知でしかなかったのだ。
あの時あの瞬間、確かに私は彼を見限った……自分の事を棚に上げて。後にして思えば、あのアクゼリュスの崩落は彼一人の所為ではないだろう。
無駄だと説明をしなかった私にも、全てを知っていただろうに黙っていた大佐にも、旅に同行した皆に責任がある。勿論、彼自身にも。
だけど、目の前で泥の海に沈んでいく小さな命を守れなかったショックで、結果として彼一人を責めた――まだ実年齢で言えば七歳でしかない彼を。
酷い事をしたと思う。
彼に責められても当然の事。だけど、彼はそれをせず、それどころか変わりたいと願い、それを誓った。
そして、そんな彼を傍で見守って、救われた気がした。人は変われると言う事を身を持って教えてくれた。
何時しか、彼に抱く思いは仲間に対するソレではなく、恋愛感情となっていた。
だけど、世界が救われる為には、彼の命が必要で。彼は死ぬ事を恐れながらも、それを何時かの私のように受け入れて。
そして、世界に溶けて消えた――帰って来ると約束をして。
◆
最後の旋律が、宙に紛れて消えた。
タタル渓谷に沈黙が舞い戻ってくる。緩やかな風は相変わらず、髪をさらって通り過ぎゆく。
あの日から、二年経つ。
二年と言う月日はあっと言う間に流れ去り、彼は相変わらず帰ってこない。やはり、戻って来れないのだろうか。
「……そろそれ戻りましょう。夜の渓谷は危険です」
ジェイドの言葉に、一人、また一人と踵を返していく。最後に踵を返そうとしたティアの動きが、止まった。
強く吹く風になびく髪は、優しく柔らかい焔の赤。
あぁ、彼が、帰って来た。
「…………ルーク?」
「約束したから……帰るって」
「……っ!」
会えなかった二年間。
空っぽな墓の前に立っては言いたい言葉に――想いに――蓋をして、見ない振りをしてきた。
帰って来ないと、思っていたから。もう、会えないと思っていたから。
だけど、今此処に。彼は帰って来た。前よりも大人びた姿で。約束を守って。
ありがとう、ごめんなさい、お帰りなさい、無事で良かった。
そんな言葉だけじゃ足りない。伝えたい言葉は尽きない。たくさん、たくさん、山のようにある。だから、空白を埋める為の言葉を紡ごう。
君と一緒に、何時までも、何時までも。