雰囲気的な10のお題 穏

星に願いを

 深い、深い海の底の様な暗闇に星々が煌めいていた。その星々が生み出す静寂は何処か優しい空気をしていて、心地よい。
 窓の外の暗闇に視線を馳せていたセレニティが、ティーカップが立てる微かな音に、振り返った。
「お茶ですよ、姫」
「……ありがとう、ウラヌス」
 ソーサーと共に差し出されたカップを受け取る。琥珀色の液体が、カップの中で揺れていた。
「で、今度は何です?」
「……」
 お茶に口をつけながら、ウラヌスが尋ねる。
 この姫君はよく、ここを訪れる――相談しに。我ながら、相談相手に向いていると思えない自分の元に。
「……ウラヌスも反対する?」
「……」
 真摯な表情で見上げてくる銀の髪の姫君を、静かに見つめ返す。
 煌めく水晶の様な青き惑星・地球。
 その地球の王子と目の前に佇む姫が恋仲にあると発覚したのは、何時の事だったか。
 気付いた時には逢瀬は数回に渡り、掟に従って相手を忘れる事など出来る筈ない状態で――。
「……ウラヌス?」
 視線を向けたまま、一言も発しないのを怪訝に思ったセレニティが、声をかける。
「……やっぱり、反対する?」
「……いえ」
 見上げてくるセレニティに、優しく微笑む。
「――――貴方が幸せであるのなら、反対などしません」
 そう、願うのは何時でもたった一つ。
 この心優しい姫君が、悲しむ事なく幸せでいられるように。
 ただ、それだけ。
「……私、幸せよ?」
「何時か、彼は貴方を置いて逝きます。それは遠い未来の話ではありません。どんなに別れを厭うても、彼は貴方の前からいなくなる。それでも?」

 ―― 貴方は、幸せだと言えますか? ――

 声に出さない静かな問いに、セレニティが口を閉ざした。
 出会いがある以上、別れは訪れる。遅かれ早かれ、確実に。
 でも、だからと言って――――……。
「……エンディミオンがいなくなったら、悲しむし、泣くわ」
 閉ざしていた口を開く。
「別れだって必ず訪れる……でも、未来を恐れて、彼を諦める方がずーっと不幸せよ」
 凜と真っ直ぐな視線で、ウラヌスを射ぬく。
 未来を恐れていては何も始まらない。
 何も始まらなければ、悲しみはないだろう。その代わりに幸せもない。そんな生き方は、嫌なのだ。
 何時か悲しむ事になっても、泣く事になっても、自分は幸せだと……幸せだったと言いきれる生き方をしたいのだ。
「……」
 黙って聞いていたウラヌスが、再び微笑んだ。
「誰が何と言おうと、心は決まってるんでしょう? なら、反対しません」
「え……」
「あたしは……あたし達は貴方に幸せであって欲しいだけ。貴方の幸せを守りたいだけ。貴方が幸せであるなら反対する必要はない」
「ウラヌス……ありがとう」
「御礼を言われる事はしてですよ。それより、お茶のおかわりは?」
「頂きます」
 差し出したカップに、再び琥珀色の液体が満たされてゆく。
 注がれたお茶に口をつけるセレニティを眺めながら、ボンヤリと祈る。
 願わくば、彼女が幸せでありますように。その幸せがずっと続きますように。
 願って、止まないのだ。

 ――――それは、地球軍が月に攻めてくるほんの数ヵ月前の話。